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15 賠償

「これは、賠償が必要だと思います」


 お昼休み。

 部室でくつろいでいると、高名瀬さんが購買の袋をもってやって来て、僕の前の席を前後反転させて机をくっつけてから着席して、一呼吸吐いた後にそんなことを言い出した。


「えぇっと……女子生徒と向かい合わせでお昼を食べるのは罪なのでしょうか?」

「違います。……向かい合わせは別に関係ありません。……すみません、了承も得ずに向かい合わせにしてしまって」

「いえいえ。美人を見ながらご飯を食べると三倍美味しくなるということわざもありますし」

「ないですけどね、そんなことわざ」


 マジか!?

 ないってよ、姉!

 どーなってんだ、姉!?

 あるって言ったじゃん!

 あるって言った上で、「三倍美味しくしてやったんだから半分寄越せ」って僕のカップラーメン三分の二ほど強奪していったじゃん!


「……姉め」

「鎧戸君は、お姉さんっ子なんですね」


 メロンパンの袋を開けて、高名瀬さんがそんなことを言う。

 確かに、姉に教わったことは多々ある。


 スルースキルとか。

 アレにいちいち構っていると、こちらの精神がもたない。


「そうではなくて」


 声を上げて話題の転換を図る高名瀬さんの頬がうっすら赤いのは、僕に美人だと言われたからだろうか。

 聞かなかったことにしたいようだ。……にやにや。


「にやにやしないでください!」

「無茶言わないで」

「無茶じゃないはずです」


 どんどんっと、机を叩いて抗議してくる。

 ウサギが怒ると、こんな感じで地面を「どん!」って踏みしめて威嚇してくるんだよねぇ。

 後ろ足を揃えて「どん!」って。

 アレみたいで可愛い。


「ぴょんぴょんって、言ってみて?」

「なぜウサギに喩えられたのか知りませんけれど、ウサギはぴょんぴょんとは鳴きませんよ」


 クール。

 いつだって高名瀬さんは論理的だ。


「じゃあ、ウサギってどうやって鳴くの?」

「『ブッ』です」

「……マジで?」

「はい。『ブッ』とか『グッ』って鳴きます」


 可愛くねぇ……

 せめて『きゅう、きゅう』って鳴いてほしかった。


「そんなことはどうでもいいんです」


 ぴしっと、僕の鼻先を指さして、メガネをくいっと持ち上げる高名瀬さん。

 出来る秘書ぶっている感じがぐっと来るね。


「わたしは忠告したはずです。視線は教師にバレますよと」


 あぁ、授業中のアレかぁ。

 確かに、あれは僕の不注意だ。

 賠償も致し方なし……いや、待てよ?


「そもそも、授業中に物凄い高難易度なプレイをしていた高名瀬さんにも責任があるのでは?」

「今議題に上がっているのはプレイの有無ではありません。論点をズラさないでください」


 この人、自分が有利なフィールドでしか勝負してこないタイプだ!?


「でも、気になっちゃって」

「何をそんなに気にする必要があるんですか。プレイしているゲームは知っていますよね?」


 ゲームはやって当然という前提で話が進んでいる。

 いつか、根本的な矯正が必要かもしれない、この似非優等生には。


「いや、充電コードがシャツから伸びてたから」

「う…………見ないでください、そんなところ」


 結構活用してるみたいだな、自分のコンセント。


「それで、ACアダプターがもっこりしてたらヤバいんじゃないかなって。ほら、高名瀬さん、頭はいいけどそーゆーとこ抜けてそうだから」

「失敬な!? ちゃんとバレないように家で確認してきていますよ」

「努力の方向性、間違ってない?」

「い、いいんです。……努力は人を裏切らないと言いますし」


 無駄な努力って言葉もあるけどね。


「でさ、万が一にも『ぼいん、もっこり、ぼいん!』ってなってたらマズいな~っと思って」

「表現っ! その表現は改めてください!」

「『ぼいん、ぽこ、ぼいん!』」

「ACアダプターじゃないです、変えてほしいのは!」

「『ぷるん、もっこり、ぱぃ~ん!』」

「もう擬音やめてください! 告訴しますよ!?」


 法に訴えかけるの!?

 やりそうで怖い。


「それで、そんなことになってたらイケないと思って、ちらっと胸元を確認しようと身を乗り出したんだよ」

「……何をやっているんですか、授業中に」


 そのセリフ、君だけには言われたくない。


「でもね……行けども行けども、視線が横乳を越えられなくて!」

「うるさいですよ!」

「いつまで経っても頂上が見えてこなくて!」

「うるさいと言っています!」


「もう!」っと、三食パンを投げつけてくる。

 暴力ですか、お恵みですか、どちらでしょう?

 非難するべきか感謝するべきか悩むな。


「ありがとう」

「あげません。返してください」


 攻撃だったらしい。


「そんなにお腹が空いてるということは、相当充電したようだね?」

「……古いゲーム機ですから、バッテリーの持ちが悪くなっているんでしょうね」

「絶対プレイ時間が長過ぎるんだよ」

「ふしゅる~ん♪」


 口笛かすれてるし、それ伝説のレアモンと戦う時のBGMだよね?

 耳にこびりついちゃってるから、咄嗟に出てくる音楽がソレなんだよね、きっと?


 返せと手を出されたので、投げつけられた三食パンを返す……前に、ちらっとパッケージを見る。


『桜あん、うぐいすあん、抹茶あん』


「うわっ、微妙!?」

「そんなことないですよ! すごく美味しいんですから、どれも!」


 いや、三色パンってあんこ、クリーム、チョコでしょ、普通!?

 なんで全部あんこ!?

 それも、一風変わったあんこばっかり!


「もう、一口だってあげません!」


 僕からパンをひったくると、もそもそと食べ始める。

 一口くらいはくれるつもりがあった風な発言だったけど……そんなつもり、本当にあったのだろうか?


「それで、僕はどんな刑を執行されるんでしょうか?」


 賠償が必要と言っていたので、何かしらやってほしいことがあるのだろう。

 あまり面倒なことでなければいいけれど。


「こほん。実はですね――」


 三色パンを一度机に置き、高名瀬さんはカバンからお菓子の空箱を取り出す。


 それは、今朝僕が妹ちゃんにとプレゼントした、ご当地限定チョリッツの京都バージョン、抹茶チョリッツだった。


「おかわりをお願いします!」

「食べるなって忠告したよね!?」

「だって、宇治抹茶って! そんなの、絶対美味しいに決まってるじゃないですか!」


 高名瀬さん、抹茶好きなのかな?


「あと……三時間目の山が越えられず……っ!」


 そんな山、他の生徒は感じたことないだろうな。


 あ~ぁ、もう。全部食べちゃって。


「美味しかった?」

「……はい。妹に食べさせてあげたいって思うほどに」


 じゃあ、せめて途中でやめておけばよかったのに。


「帰りに家に来ますか? そこそこ距離はありますが徒歩でも行けなくはない距離ですよ」

「え……っと」


 あ、昨日初めて話すようになった男の家にいきなり行くのは躊躇われるか。


「じゃあ、駅前で時間潰しててくれたら、取りに帰ってから届けるよ」

「そんな! 鎧戸君にそんな苦労はさせられません! ……わたしのせい、なのに」


 自責の念はお持ちのようだ。


「じゃあ、家寄ってく?」

「……お邪魔で、ないならば」


 遠慮がちに言って、真っ赤なほっぺたで照れまくっている。

 食いしん坊キャラと思われるのは恥ずかしいようだ。

 でも、もう払拭は出来ないからね?







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