昼食を終え教室へと向かう途中、廊下にまで聞こえてくるような賑やかな声が響いてきた。
「つーかさ、手作り湯たんぽって、ダサくない?」
「マジそれな! お婆ちゃんかよ!」
ゲラゲラと、品のない声をあげて笑っている女子の声。
教室に入ると、高名瀬さんの席の周りに派手な男女のグループが集まっていた。
あぁ、僕の席も侵食されてる……
大きな声を出して笑っている茶髪の女子――えっとたしか、名前は戸塚さん、だったかな――の手には、高名瀬さんお手製の手作り湯たんぽ(=ゲーム機入れ)が持たれていて、晒すように指先で摘んでぷらぷら揺らされている。
おぉう、これまた、マンガのような……
校則の緩いこの高校には、大きく二種類の人間が在籍している。
僕のように目立たず大人しく生きる穏やかな人種と、戸塚さんやそれを取り巻くように集まっている彼らのような派手めな、我が道を突き進む少々元気のよすぎる人種。
戸塚さんは特に目立つギャル系の女子で、このクラスにカーストなんてものがあるのだとすれば、間違いなく女子のトップに君臨しているような人物だ。
ちなみに、男子のトップは間違いなく彼だろう。
視線を少しずらすと、高名瀬さんの手作り湯たんぽで盛り上がる男女の輪から少し外れるように一人座って黙々と弁当を食べているガタイのいい男子。
髪を真っ赤に染め、いつも派手なTシャツを学校指定のシャツの下に着ている彼、御岳君。
彼は名前が特徴的な上、見た目とのギャップがすごかったのでフルネームを覚えている。
『御岳連国』と書いて、『みたけつらくに』。
つらくにって、「侍っぽい名前だな~」っと思って顔を見たら髪の毛が真っ赤で「全然侍っぽくない!?」って思ったんだよね。
ちなみに、入学後すぐ行われた自己紹介はかなり適当なもので、フルネームを言った人もいれば、苗字だけしか言わなかった人もいる。
高名瀬さんは苗字だけしか言わなかった人だ。
中盤で一人「パス」って言った人がいて、それ以降数名「パス」って自己紹介しなかった人もいる。
その人たちの名前は、未だに知らない。
例えば、今戸塚さんの前でやたらと張り切って高名瀬さんの手作り湯たんぽを揶揄している短髪の彼とか。
「つーか、マジダセェよな、これ。莉奈、ちょっと貸してくんね?」
莉奈と、戸塚さんを下の名で呼び、高名瀬さんの手作り湯たんぽを手に取る名も知らぬ短髪君。
あぁ、それはいけない。
自分の持ち物を、仲良くもない男子に勝手に荒らされるのは、きっと高名瀬さんが嫌がるだろう。
今この場に彼女がいないので、真意は確認できないけれども。
「一緒に教室へ戻ると、わたしたちの関係を変に勘ぐる人が出かねませんし、最悪この部室のことを嗅ぎつけられる可能性もありますので、部室への行き来は別行動ということで徹底しましょう。この静かなる楽園は、誰にも踏み荒らされてはいけないのです」――と、高名瀬さんが主張したので僕は先に教室に戻ってきている。
……僕の楽園に踏み込んできたのは高名瀬さんなんだけどね。
あぁ、ちなみに、手作り湯たんぽの中身は、高名瀬さんが肌身離さず部室に持ってきていたから今あそこには入っていない。
……というか、あの人、僕を追い出してギリギリまで部室でゲームする気なんじゃないだろうか?
「うっわ、マジでカイロ入ってやんの! 七月だぜ、今!? マジあり得ねぇ!」
馬鹿笑いをしながら、短髪君が手作り湯たんぽの中の使い捨てカイロを取り出し、床へと放り捨てる。
はい。アウト。
高名瀬さんの意見を聞いてからとか、もしかしたら騒ぎを大きくしたくないかもしれないとか、いろいろ頭の中を巡っていた配慮なんかどうでもいい。
僕がムカついたから、やめさせる。
「神経を疑うな」
勝手に僕の机にお尻を載せていた戸塚さんの背を押し、退かせて、そこへ弁当箱を置く。
突き飛ばされた戸塚さんは「きゃっ」とか声を上げていたが、僕の机を勝手に占有していたのだから当然の報いだと言えるだろう。
「なにすんだよ!?」とかいう、戸塚さんの声は無視して、未だにクラスの女子の私物を無許可で握りしめている短髪君の前に進み出る。
「本人が不在の内にクラスの女子の机を勝手に漁るのは見苦しいよ。君ってさ、好きな女子のリコーダーとか、勝手に持ち出して舐めちゃってた系の人?」
言いながら、こちらに意識を向けた短髪君の手から高名瀬さんの手作り湯たんぽを奪い返す。
ついでに、床に捨てられた使い捨てカイロも回収してホコリを払い、袋の中にしまう。
「なんだ、テメェ?」
ドスの利いた声で話しかけてくる短髪君。
彼らが乱暴に扱ったせいでシワになってしまった手作り湯たんぽのシワを伸ばしていると、突然胸ぐらを掴まれた。
乱暴に引き寄せられ体が短髪君の方へと向く。
「シカトしてんじゃねぇよ!」
「つーか、なんなわけ、お前?」
短髪君の斜め後ろから、戸塚さんもこちらへ怒りの視線を向けてくる。
「なんなわけ」はこちらが聞きたいところだが。
「つか、まさか、お前あの地味子に惚れてるわけ?」
戸塚さんが下品な笑みを浮かべてそんなことを言う。
なので、はっきりと申し上げておこう。
「高名瀬さんが好きというより、君たちが嫌いって感じかな」
「あぁっごるぁ!?」
言語化が難しい声を発し、短髪君が僕の胸ぐらを締め上げる力を強める。
痛い痛い。あと苦しいし、たぶんシャツがちょっと破れたな、今。
「離してくれるかな?」
「ざけんな、テメェ! ヤっちまうぞ、コラ!」
言葉が通じない。
なので、もう少し丁寧に、彼に合わせた方法で、コミュニケーションを取ってみる。
「この手を、離してね、って言ってるんだよ。分かるかな?」
「いっっでぇえええ!」
僕の胸ぐらを掴む彼の腕を、ちょっと本気を出して掴んだら、彼の口からは絶叫が、彼の腕の骨からはみしみしと軋むような音が聞こえてきた。
「なんだ、こいつっ! 痛い痛い痛い! 痛いって!」
懸命に体を動かして僕の腕を振りほどこうとしている短髪君。
いや、無理だと思うよ。
君が片腕で10トン車を動かせるなら、あるいは可能かもしれないけれど。
「離せぇえっ!」
「それは、こちらが最初にお願いしたことなんだけど?」
「指、がっ、動っ、かねぇ、ん、だよっ!」
涙を飛散させて、絞り出すように絶叫する短髪君。
あ、そうか。
圧迫すると、指って動かせなくなるんだっけ。
「じゃあ、僕が離したら一秒以内に離してくれる?」
「離す! 離すから離せ!」
交渉成立。
彼の腕を解放すると、一秒も待たずに短髪君が体ごと僕から逃げていく。
エビのようなバックステップだ。
その状況を見て、僕は満足する。
「
こちらを見る戸塚さんの顔は、若干青白かった。