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21 高名瀬さんの心配

 部室内の抜き打ち検査が完了し、高名瀬さんは僕の座る前の席へと腰を下ろす。


「疑ってすみませんでした」

「いえいえ。お気になさらず」


 パンイチ姿を見せてしまったこちらにも、半分くらいは責任があるだろうし。


「それで、えっと……」


 鬼の検査官のような表情が消えたと思ったら、途端に高名瀬さんの表情が不安に揺れる。


「……何か、言われましたか?」

「と、言うと?」

「五時間目のあとの休み時間、戸塚さんに呼び出されてましたよね?」

「あぁ、あれね」


 まぁ、何か言われたかと言われれば、言われたんだろうけれど……高名瀬さんが気にするような内容じゃないしな。


「なんでもないよ。ちょっとした世間話しただけ」



『調子乗ってたらヤんぞ、こら』

『ヤってみろや、おう』



 うん、世間話、世間話。


「それで、六時間目……戻ってこなかったので、何かあったのではないかと……」

「心配してくれたの?」

「それは……っ!? ……まぁ、その、……はい」


 いやん、優しい!

 やめて、惚れちゃいそう。


 ――と、思っていたら、どうやら理由があったらしい。


「……実は、戸塚さんとは昔、ちょっといろいろありまして」


 そして、ぽつりぽつりと語り聞かせてくれた。

 自身の、きっととても話しにくいであろう過去の話を。


 高名瀬さんの口で語られる高名瀬さんの過去の話を聞きながら、僕は「そこまで僕のこと信頼してくれてるんだ」と見当違いなことに感動していた。


「――というわけで、わたしのせいで鎧戸君に迷惑がかかったんじゃないかと……心配で」

「ありがと」


 話してくれて。

 そして、心配してくれて。


「でも、それは全然高名瀬さんのせいじゃないでしょ?」


 確かに、過去に衝突して現在不仲になっているのかもしれない。

 でも、高名瀬さんが反発したのは当然の自衛だ。


「嫌なことを嫌だっていうのは、何も悪いことじゃないよ。悪乗りした向こうも悪い。……まぁ、すごくショックだったんだろうなとは思うけど」


 だからといって、高名瀬さんが知られたくない自分の秘密を曝け出さなければいけない理由にはならない。


「場の空気を読んで、高名瀬さんの秘密をみんなに知られていた方がよかった――なんてことはないでしょ?」

「それは……そう、かも……しれませんけれど」


 その衝突は仕方なかったのだ。

 みんな、子供だったんだから。


「でも、今後もわたしと仲がいいっていう理由で、鎧戸君が彼女たちのグループに目を付けられるかも……」

「それこそ、高名瀬さんには何の責任もないよ」


 仮に、過去の軋轢が原因で戸塚さんたちが僕に突っかかってくることがあったとしても。


「高名瀬さんと仲良くしたいと思ってるのは僕なんだし、それを他人に邪魔させるつもりはないよ」


「あたしが嫌いだからお前も高名瀬を嫌え」なんて言われたとして、なんで僕がそんな言いつけを守らなければいけないのか。


「高名瀬さんと仲良くしたいのは僕の意思だから、それに誰かが異を唱えるのであれば、それは僕とその人との問題。高名瀬さんの責任なんてどこにもないよ」

「でも……っ!」

「や~だよっ」


 いつまでも不安要素を論いそうな高名瀬さんを黙らせるために、あえて明るい声で言う。


「高名瀬さんがどんなに心配しようが否定しようが、どんな理由を並べようが、僕は高名瀬さんの友達をやめない。やめてあげない」


 それはもう決定事項だから。


「だって僕、高名瀬さんのこと気に入っちゃったしね」


 こんな面白い子、他にはいない。

 頭の回転も速くて、思いもしない角度でツッコミが飛んできたり、会話がどこまでも広がっていったりする。

 そのくせ、ちょっと残念でおっちょこちょいで、おまけに美人で巨乳ときている。

 嫌う理由がない。


「高名瀬さんに『嫌いだ』って言われるまで、友達をやめるつもりはありませんので、あしからず」


 恭しく礼をしてみせる。

 頭を下げていると、向かいの席から「くすっ」と笑う声が聞こえた。


「結構、自己中なんですね、鎧戸君は」

「気遣いの出来る方だと自負してるんだけどな?」

「いいえ、結構強引です」


 言い切って、これまで見たどの表情よりも柔らかい雰囲気の笑みを浮かべる。


「でも、そういうところは、非常に好感が持てます」


 真正面で見てしまったせいで、思わずどきりとさせられるほどに、その笑顔は破壊力があった。


「高名瀬さんは強引な俺様系が好きなのか。覚えておこっと」

「そんなことないですよ。わたしは穏やかな人がいいです」

「たとえば、どんな人?」

「そうですね……わたしがゲームしている時はそっと見守ってくれて、わたしが構ってほしい時は構ってくれて、わたしの好きなお菓子を熟知していて適度にご馳走してくれるような」


 高名瀬さん。

 それは穏やかな恋人ではなく、飼い主です。


 高名瀬さん、中学三年間殻に閉じこもっていたせいで恋愛してこなかったんだろうなぁ。







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