「あっ、すっかり話し込んじゃったね」
窓の外を見れば、空が真っ赤に染まっていた。
今日は高名瀬さんを我が家へご招待するんだった。
「どうしよう。今日、やめとく?」
「いえ、お邪魔したいです。あ、ご迷惑でなければ……ですけど」
そうだよね。
妹ちゃんにって渡したチョリッツ食べちゃったんだもんね。
「じゃあ、急ごうか」
「はい」
二人並んで部室を出る。
心配したりされたり、昔の話をしたり聞いたり。
そんな特別な時間を過ごしたせいか、なんとなくだけど、少しだけ高名瀬さんとの距離が近付いたような気がした。
一人で部室にこもっていた時は、帰りの廊下はもっと薄暗かった気がするし。
「じゃあ、自転車取ってくるね」
「では、校門前で待ってます」
一度別れて、僕は駐輪場へ向かう。
毎日お世話になっている愛車を持って校門へ向かうと、夕日に照らされながら門柱に背を預けもたれている高名瀬さんがいた。
すげぇ綺麗だった。
その人が待っているのが僕だって事実が、なんか堪んなかった。
「高名瀬さ~ん」と声をかけようとした僕に声をかけてくる連中が割り込んでくる。
ずらりと。
「待ってたぞ、鎧戸」
見れば、クラスの短髪君と、見知った顔が数名と見知らぬ顔が十数名。
短髪君と愉快な仲間たち、ってところか。
「テメェ、調子くれてたみたいだな?」
「なんの話かな?」
「しらばっくれんじゃねぇよ! 『いつでもヤッてやる』とか『かかってこい』とか言ってたんだろ!? 聞いてんだよ、こっちは! 誤魔化せると思うなよ!?」
あぁ……戸塚さんに言った言葉が誇張されて伝わったのか、悪意を持って尾ひれを付けて伝えられたのか、まぁそんなところだろう。
「随分と大袈裟に誇張されているようだから、もう一回正しい発言を確認してくるといいよ」
「今さらビビってんじゃねぇよ!」
ビビってるというか……高名瀬さんを待たせてるし、夕闇が迫ってきてるから早く帰りたいだけなんだけれど……
「明日にしない? 今日は用事があるんだよ」
「逃さねぇよ!」
だから、明日だって言ってるのに……話、通じないなぁ。同じ言語話してるつもりなのにな。
「さっき痛めた腕はもういいの?」
暗に、「さっきは手も足も出なかったんだから、諦めなよ」と伝えてみても、短髪君には届かない。
「この数に勝てると思ってんのか?」
数は力――なんて言葉を盲信しているタイプなのだろうな、きっと。
「鎧戸君……っ!」
僕を取り囲む短髪君と愉快な仲間たちの向こうから、高名瀬さんが不安げな視線を向けてくる。
「先生、呼んできます……!」
「余計なことすんなブス!」
駆け出そうとした高名瀬さんを、短髪君が侮辱する。
……ブス?
は?
誰が?
「テメェ、目障りなんだよ。地味なくせにちょろちょろとよぉ! 莉奈も言ってんぞ、ウゼェって」
戸塚さんが言っていたから、高名瀬さんがブス?
じゃあ君は、戸塚さんが死ねといえば死ぬのか?
あぁ、そうか。
今のこの状況も戸塚さんがけしかけたことなのか。
「高名瀬さん。大丈夫だから」
「でも……」
「いいから、いいから」
予定変更。
……これを放置するのは、明日以降きっと煩わしいことになる。
なので、さっさと芽を摘んでおくことにする。
「分かった。場所を移そう」
さすがに、校門前で乱闘をするつもりはないようで、短髪君と愉快な仲間たちは「ついてこい」と場所移動を了承してくれた。
校門を通る時、高名瀬さんと少しだけ話すことが出来た。
「ごめんね。やっぱり今日はなしにしようか?」
「ううん。……待ってる。待ってますから……だから…………」
「うん。じゃあ、すぐ戻ってくるからちょっとだけここで待ってて」
震える高名瀬さんの手に手を重ねて、少しでも不安が消えるように笑顔を向ける。
「先生には、ナイショで、……ね」
そんなお願いをしてから、僕は短髪君と愉快な仲間たちのあとを追った。