連れてこられたのは、学校からほど近い工事現場だった。
いいのかね、勝手に入って。
「ここは、レンゴク君の会社がビルを建てる予定地なんだよ。だから、助けなんか来ねぇぜ?」
工事はまだ始まっていないらしく、工事現場には資材がいくつかの山になって置かれているだけで、人の姿は見当たらなかった。
「レンゴク君って、御岳連国君? 今日、彼は来ないの?」
愉快な仲間たちを一瞥するも、彼の姿は見当たらない。
「レンゴク君は、テメェごときに構ってる暇はねぇんだよ!」
なるほど。
となると、気になることが一つ。
「ここ、勝手に入っていいの?」
御岳連国君の会社の敷地だとしても、本人がいなければ僕ら全員部外者だと思うんだけど?
まぁ、怒られたら短髪君のせいにしよう。
「言っとくけど、手加減するつもりねぇから」
短髪君が言うと、その両サイドに鉄パイプを持った愉快な仲間たちが並ぶ。
彼らは今日、人を殺めるつもりなのだろうか?
そんな覚悟があるようには見えないけれど。
おそらく、手加減も限度も辞め時もロクに知らないんだろうなぁ……
よかったね、僕が相手で。
よかったといえば……
僕も、六時間目サボっといてよかった。
今なら、フルパワーを出せる。
「見たところ、その鉄パイプで僕を袋叩きにしようってことなんだよね?」
「へっ! 今さらビビってんじゃねぇよ!」
ビビってないよ~、全然。
「……よくも莉奈の前で恥をかかせてくれたな。万倍にして返してやんぜ!」
あ、そこを根に持ってるわけね。
「素っ裸にひん剥いて、テメェのヌード写真を学校中にばら撒いてやるぜ!」
わぁ、悪趣味。
けどね、僕は僕が認めた人以外にお尻を見せるつもりはないんだ、悪いね。
「はじめに一つ言っておくね」
鉄パイプを手に、僕を取り囲むように散開した愉快な仲間たちに向けて言葉を投げる。
「僕はケンカがあんまり好きじゃないんだ」
「命乞いか、おい!?」
短髪君の煽りに、愉快な仲間たちが一斉に笑い出す。
それを無視して言葉を続ける。
「でも、痛いのと煩わしいのはもっと嫌いだから、やられる前にやるっていうのが信条なわけだ」
ほら、限度を知らない子ってさ、手遅れになるまで止まらないでしょ?
本気で嫌がる高名瀬さんの服を剥ぎ取ろうとした小学生の頃の戸塚さんみたいに。
嫌がっていることを察して、適当なところでやめておけばそこまでこじれることはなかったのにさ。
「なので、これから君たちを黙らせる。その上で、まだ僕に逆らおうっていう人がいるなら、しょうがないからその人は相手をしてあげるよ」
まぁたぶん、多くても一人か二人だろうけどね。
「わけ分かんねぇことべらべら喋りやがって……やっちまえ!」
鉄パイプを掲げた愉快な仲間たちが一斉に駆け寄ってくる。
誰も彼も、自身の勝利を確信して疑っていない、余裕の笑みを浮かべて。
その足を、止める。
やり方は簡単。
右足を持ち上げて――思いっきり地面を踏みつける。
「んなぁ!?」
剥き出しの土が抉れ、大地を揺るがす。
突然揺れた地面に、全員の足が止まる。
なので、一番近くにいた男の手から鉄パイプを奪い取り、全員によく見えるように頭上に掲げたまま、その鉄パイプを二つ折りにする。
真ん中から、ぐにゃりと。
「……は?」
誰かの口から空気が漏れる。
でも、これくらいじゃ、探せば出来る人がいそうなので、ここからもう一手間、鉄パイプを加工する。
二つ折りになった鉄パイプの両端を持って、ねじる。
ねじって、ねじって、ねじる。
ツイストパンみたいに、鉄パイプがぐるぐる巻になる。
その状態の鉄パイプを、もう一回、半分から二つに曲げて四つ折りにする。
50センチほどあった鉄パイプが、なんやかんやで10センチほどの塊に変わる。
オブジェにするには不格好だが、粋がった若い男子高校生たちを沈黙させるには十分過ぎる効果を発揮したようだ。
「はい、返すね」
「ひぃっ!?」
先ほど鉄パイプを奪った彼に、先ほどまで鉄パイプであった物を返却する。
しかし、彼はそれを取り落としてしまう。
ごとっと重い音を立てて、鉄の塊が地面に落ちる。
期せずして、タネも仕掛けもないことが証明されたかな?
そうそう、これ、普通の鉄パイプなんだよ。
手品用の、よく出来た偽物じゃなくてね。
「さて……今この場には二十人ちょっとの人間がいるわけだけれども……」
ぽんぽんっと手のひらのホコリを払いながら、僕を取り囲む愉快な仲間たちを見回す。
「これを見てもなお、僕にケンカを売ろうって人は何人いるかな?」
これでもまだ心が折れていないなら全員でかかってくるといいよ。
二十人がかりで、鉄パイプを四つ折りに出来るっていうのならね。
「……バケモノだ」
誰かのつぶやきに、ほぼすべての者が鉄パイプを地面に投げ捨てる。
争う気はないという意思表示だろう。
そして、今にも全員が走り出しそうな空気が流れる。
「今逃げると、今度は僕の方から呼び出し、待ち伏せする」
僕がそう宣言すると、逃げ出しかけた全員が足を止める。
こちらに背を向けて、走り出そうとして形で固まる。
うん。
えらいえらい。
「僕が出す条件を飲んでくれるなら、見逃してあげるよ」
そして、動かない背中たちに向かって条件を告げる。
「今後、僕を煩わせるようなことはしないこと。それから、僕の秘密を口外しないこと」
あいつは鉄パイプが曲げられるとか、騒がれたくないからね。
「最後に――」
普段は、どんなにバカにされようと、嘲られようと、こんな騒動は回避するんだけど、どうやらとある条件下で僕は頭に血が上りやすくなるらしい。
なので、それにも予防線を張っておく。
「高名瀬さんにちょっかいを出すな。彼女を侮辱したヤツは……僕が許さない」
特に、高名瀬さんを「ブス」と言った短髪君の目を見ながら言っておく。
短髪君は、色を失った顔で何度も首肯していた。
お昼にもそんな顔してたくせに、すぐ忘れちゃうんだもんなぁ。
「君は、これでツーアウトね」
「ひ……っ!」
短髪君に指を二本立てて突きつけると、彼の目尻から涙が流れ落ちていった。
泣くほどビビらなくてもいいのに……
「では、解散!」
パンっと手を叩くと、愉快な仲間たちが一斉に駆け出し、蜘蛛の子を散らすように工事現場から逃げ出していった。
さて。
「じゃ、僕も早く戻りましょうかね」
あんまり高名瀬さんを待たせちゃ、悪いしね。