校門に戻ると、高名瀬さんが駆け寄ってきた。
「鎧戸君っ!」
またそんな泣きそうな顔しちゃって。
「大丈夫でしたか!?」
「うん。どっこも怪我してないよ」
被害があったとしたら、鉄パイプが一本だけです。
……あれって、工事現場の資材だよね?
やっぱ、明日にでも御岳連国君に謝っておいた方がいいのだろうか?
いや、あの鉄パイプを持ち出したのは愉快な仲間たちなので、彼らの責任と思うことにしよう。
「なんの問題もないよ」
「……よかったぁ」
ほっと息を漏らした高名瀬さんの頬を、透明な雫が滑り落ちていく。
涙!?
「高名瀬さん!?」
「あっ……ごめんなさい。安心したら……」
慌てて頬を拭う高名瀬さん。
それでも、涙は止まらないようで「あれ? 変ですね」なんて、下手な笑顔で誤魔化そうとする。
あぁ、もう。こんな時まで誤魔化しが下手なんだから。
「これ、使ってください」
「でも……」
「高名瀬さんは、しばらく『でも』禁止です!」
強引にハンカチを押し付けて、顔を背ける。
あまり、女性の泣き顔を見るのもよくないので。
……あぁ、泣かせちゃった。
女の子の涙って、心臓に悪いんだよね。
姉のウソ泣きですら、どきどきしちゃうのに。
「……ごめん、ね?」
「ううん。こちらこそ……すみません」
「いや、高名瀬さんが謝るようなことじゃないから」
「それじゃあ……ありがとうございます。ハンカチ」
うぉっう……なんだろう、その返し。可愛いんですけど!?
すみませんをありがとうに置き換えるとか、この人、聖女か何かですか?
「あぁ……あの、あ、そうだ、結構暗くなっちゃったね」
何か話さねばと話題を探して空を見上げれば、もう暗くなり始めていた。
残された時間は少ない。
「提案なんだけど、後ろ、乗らない?」
歩いて帰ると、さすがに遅くなり過ぎる。
僕が高名瀬さんを自転車の後ろに乗せて飛ばせば、かなり早く着くはずだ。
「でも、道路交通法が……」
言いかけて「あっ」と口を押さえる高名瀬さん。
「わたし、今、『でも』禁止でした」
そんなことを言ってはにかむ。
その顔は、僕にはGOサインに見えた。
つまり、何かしら「しょうがないなぁ」と思わせられるような理由があればいいですよと、そんなニュアンスなのだと。
ならば。
「イケナイことをすることこそが、青春なのではないかと愚考するんだけど?」
言って、高名瀬さんの反応を窺うと――「ぷっ」っと小さく吹き出された。
「愚考が過ぎますよ」
くすくす笑って、それでも、自分のカバンを自転車のカゴに入れた。
それはまさしく、OKのサインに他ならず。
「まぁ、若気の至りと言う言葉もありますし、ね」
そんな言葉とともに、荷台に腰を下ろす高名瀬さんを見れば、それ以上何も言う必要は感じられず。
「じゃ、しっかり掴まっててね」
注意を促して、僕はペダルを踏みしめた。
二人を乗せた自転車がゆっくりと動き出し、徐々に速度を上げていく。
暮れゆく夕闇の中、僕たちはしばしのサイクリングを楽しんだ。