改めて思う。
帰り道、ずっと登りじゃん。
一人だと気にならないけれど、後ろに高名瀬さんを乗せているとはっきりと分かる。
つらい。
……あ、いや、別に高名瀬さんが重いとかいうことではなく。
とにかく、なんとかかんとか自転車を漕ぎきり自宅へとたどり着いた。
「はぁはぁ……」
「ごめんなさい、重かった……ですよね?」
「いや、全然! ずっと坂だったからね」
あははと笑って誤魔化し、切れた息を早急に整え平気な顔をする。
それでも不安そうな表情をしている高名瀬さん。
今はちょっと、いろいろ気にし過ぎてしまう感じなのかもしれない。
何か、話題を逸らさなきゃ……
「そういえば僕、自転車に女の子乗せたの初めてだな」
「ぅきゅっ……、わ、わたしも、初めてですけど……今、改めて言わないでください。なんか……照れます」
「マンガでよくあるよね」
「そうですか? あまり見た記憶がありませんが」
「女の子がぎゅってしがみついて、背中に柔らかいものが――ってパターン」
「……それは、健全なマンガですか?」
健全なマンガだよ!?
あぁ、でも少年の夢や希望を掻き立てる少年誌の恋愛ものかもしれないな。
「……そういえば、背中には一切何も当たらなかったような……!?」
「あ、当たり前ですっ! バイクじゃないんですから、そこまでしがみつく必要がないじゃないですか」
くそっ!
もうちょっとスピードを出しておけばよかった!
エネルギー残量の考慮などするのではなかった!
バッテリーが切れたとしても、全力を出すべきだったんだ!
「……何事にも全力で取り組めって、こういう時の教えだったんですね」
「違います。絶対に違いますので、変な反省はしないでくださいね」
いいえ。
次こそは、必ず!
……あ、ヤバい。
バッテリー切れそう。
「大丈夫ですか? ふらついてますよ?」
「あぁ、うん。平気平気」
愉快な仲間たちに力を見せたあと、坂道を二人乗りで登ってきたからなぁ。
さすがに無茶をし過ぎた。
「とりあえず、上がって」
早急にリビングへ行かなければ。
「え、でも……時刻も時刻ですし、ご家族の方にご迷惑になるといけませんので」
なのに、ためらう高名瀬さん。
「大丈夫です。今、家には誰もいませんから」
「え………………あの、本当に、大丈夫ですので」
ためらいが増した!?
いや、これは明確な拒絶か!?
「変なことはしないよ?」
「自転車の二人乗りで背中が、なんでしたっけ?」
くぅ!
ここで日頃の行いが効いてくるのかっ!?
しかし、高名瀬さんを駅まで送って、もう一度この坂を登ってくるほどの体力は、今の僕にはない。
駅までバスが出ているが、それももうちょっと待たなきゃいけない。
さっきすれ違ったところだし、あと二十分くらいは待たされるだろう。
「少しだけ、休憩してってよ」
何にせよ、あと十分だけでいいから時間が欲しい。
「何もしないから! ほんっとーに、なんんんんんにもしないから! ちょっとだけ休んでって! ね!?」
「わたしは、自転車の二人乗りよりも、そういうセリフの方がマンガでよくあると思います」
高名瀬さんの読んでるマンガこそ、健全なヤツなのか疑問なんだけど?
「僕の部屋に、全都道府県の御当地チョリッツがあるから、好きなやつをゆっくり選んでいくといいよ」
その間、僕はリビングにいるから。
「…………じゃあ、少しだけ」
まだまだ警戒の色が濃いが、なんとか了承してくれた高名瀬さん。
「じゃあ、どうぞ」
門扉を越えて庭を突っ切り、玄関ドアを開けて高名瀬さんを我が家へ招き入れる。
扉を押さえる僕の前を「お邪魔します」とぺこりと軽く頭を下げつつ通り過ぎる際、高名瀬さんは視線だけをこちらに向けて、うっすら頬を染めつつこんなことを言ってきた。
「わたしは、別に平気ですけど……あんまり女の子をこんな風に強引に家に上げたりしない方がいいですよ。誤解されちゃいますから」
それは、少し怒っているようにも、照れているようにも見えて、それでも僕を信用して家に上がってくれるってことに、ちょっと背筋にむず痒さを覚えた。
ぞくっとしちゃった。
「分かった。じゃあ、高名瀬さん以外家には上げない」
「……っ!? そ、そういう意味じゃありませんっ」
頬の朱色を濃くして、足早に僕から距離を取り、靴を揃えて玄関を上がる。
わぁ~、なに今の?
可愛い~。
「階段上がって右が僕の部屋だから、先に行って待ってて。十分……いや、五分ほどで行くから」
本当は、もっとゆっくり高名瀬さんとお話をしていたいけれど、限界が近い。
燃費悪いんだよなぁ、僕。
とんとんっと階段を登っていく高名瀬さんを見送って、僕はリビングへ向かった。
本当に疲れていたんだろうな。
だから油断したんだろうな。
この直後、僕の秘密がバレることになる。
それはつまり、高名瀬さんにお尻を見せることになるということなのだが……ホント、油断したなぁ。