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26 鎧戸君のお部屋


★★★★★



 鎧戸君の部屋に、来てしまった。


 いや、あのっ、お邪魔する約束にはなっていたのだけれども、それもわたしの食欲と好奇心と探究心と、妹には本当に美味しいものを食べてほしいというほんの少し姉心が起因する訪問だったのだけれども……


 来て、しまった。


「男の子の、部屋……初めて入りました、ね」


 なんというか、独特の空気感がある。

 なだろう……四角い。

 棚も四角、机も四角、直線が多く布製品が少ない。

 見せるためのインテリアが限りなく少なく、実用性重視の収納や実利一辺倒の家具たち。


 作業効率は上がりそうだけれども、こんな部屋にいてくつろげるのだろうか。


「なんか……基地みたい、ですね」


 物が少ないわけではないけれど、余計なものが雑多に置かれているわけでもない。

 限られたスペースを有効活用している、そんな雰囲気のある整理方法。


 鎧戸君は、結構几帳面な人なのかもしれませんね。

『出したらしまう』が徹底されているように思えます。


「突然訪問して、この片付きようですからね」


 普段から、部屋を清潔に保っている人なのでしょう。

 感心です。

 少し、見直しました。


 ……それにしても、どきどきが収まりません。


 五分ほどで行くからと、鎧戸君は言っていました。

 何の時間なのでしょう?

 着替え、とか?

 まさか、帰ってすぐシャワーを浴びているわけではないと思いますが………………シャワー!?


 そんな単語に、心臓が早鐘を打ちます。


 まさか、そんなわけは……ないない! ないです! あり得ません!

 だって、お友達になってまだ二日目ですよ?

 ないです! あり得ません!


「とりあえず、落ち着きましょう」


 どこに腰を下ろしたものかと考えあぐねて、結局どこにも座れず、部屋の中央に立って、とりあえず深呼吸をしてみます。


 すぅ……はぁ…………



 鎧戸君の匂いがして、余計に緊張します!



「ほ、本棚でも見せてもらいましょう」


 あまり部屋をじろじろ見るのはよろしくないとは思いますが、間が持ちません。


 鎧戸君は、どんなマンガを読んでいるのでしょうか。

 ……知らないマンガばっかりですね。


 その中の一冊を、適当に抜き取って表紙を見てみると、あり得ないくらいに胸の大きな美少女キャラが、ほとんど裸同然の衣装で微笑んでいました。


「男の子過ぎます!」


 分かっています。

 あぁいうのは、男の子向けのマンガによくある露出多めの衣装であり、決して卑猥な書籍ではありません。

 あんなに薄着で、あんなにも心許ない固定方法にもかかわらず、どれほど激しく戦闘を繰り広げても決して脱げない不思議コスチュームなのです。


 ただ、肌色が多いです、鎧戸君。


 マンガを棚に戻し、背表紙を目で追っていきます。



 ……ハーレム、異世界、奴隷、モテモテな件。



 鎧戸君。

 努力なくしてモテ期はやって来ませんよ。

 これらはあくまでフィクション。

 どんなに読書量を増やしても、あなたのモテ要素にはなり得ませんからね。


 いくつか表紙を見てみましたが、どれもわたしの知らないマンガで、気のせいか、胸の大きなキャラが多かった気がします。

 それが鎧戸君の趣味なのか、日本の市場が求めた結果なのかは分かりかねますが……男の子って、大きな胸が好き過ぎると思います。


 しかし、これらはあくまで少年誌。

 いかがわしい書籍ではありません。

 ……健全であるとも、言い難い表紙ではありますが。


 とりあえず、いかがわしい書籍が本棚にぎっしりという状況ではないようで安心しました。

 鎧戸君は、ご自身の思春期をうまくコントロールされているようです。


 そうであるならば、わたしも少しは安心してこの部屋にいられるでしょう。


「…………」


 ……………………そういえば、そういった類の本はベッドの下に隠すという、まことしやかな噂を耳にしたことがあります。


「…………」


 ………………いや、さすがに。初めてお邪魔した同級生のお宅で、そんな家探しのような真似…………


「…………チョリッツ、どこにあるんだろうなぁ~」


 わたしは、ネットで箱買いしたおやつをベッドの下に収納することがたまにあります。

 とても好きなおやつに出会った時、それが期間限定販売のものであったならば、ネットで箱買いをしてストックしておくのです。


 もしかしたら、鎧戸君もそのタイプの人間かもしれません。


「というわけで……失礼します」


 一応、ベッドに向かって手をついて頭を下げ、家宅捜索の許可をいただく。

 深々と、ぺこり。


 床に頭を近付けた姿勢のまま、ベッドの下を覗き込む。

 ……なにも、ない。


「本当に、なんにもないんですね」


 男子高校生というと、もっとこう……なんと言いますか………………エッチな感じかと思いました。

 言葉を濁そうと努力してみましたが、いい言葉が思い浮かびませんでした。


 ですが、鎧戸君の私室はとても健全で、おかしなものは一切見当たりませんでした。

 ……マンガは、ギリセーフです。少年誌ですから。


「……ということは、スマホの中、ですかね?」


 ごめんなさい、鎧戸君。

 物的証拠が見つかるまで、疑念は消えないようです。


 ロックナンバーは大抵誕生日であることが多いんですよねぇ……さて、鎧戸君の誕生日は何月何日なんでしょうか…………あとで聞いてみましょう。



「それにしても、少し遅いですね」


 壁際にどーんと置いてあるチョリッツの段ボールを横目に、ドアへ視線を向ける。

 五分はもうとっくに経っている気がするのですが……


「お手洗いを借りるついでに、少し見に行きましょうか?」


 わたしも、あんまりゆっくりはしていられませんし。


 立ち上がり、鎧戸君の部屋を出て階段を降りていきました。




 まさか、この直後に、あんな光景を目の当たりにするなんて思いもしないで。







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