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28 僕の秘密

 バッテリーが限界に来て、高名瀬さんを部屋で待たせつつ、とりあえず最低限の充電が出来ればいいかとリビングに来た僕は、プラグを差し込んで電力の供給が始まるとほっと安堵して、うっかり寝落ちしてしまったようだった。



 深い眠りの中へ沈んでいた僕は、突然お尻に物凄い衝撃を感じ目を開けた。

 目の前が明るくなり、状況確認のために周りを見回すと――すぐそばに高名瀬さんが立っていた。



 僕、お尻丸出しなのに!



「リビングで何をやっていたんですか!?」


 下校前、部室でも聞いたようなことを言われ、慌ててズボンを引き上げる。


 ……あ、コードに引っかかって上がりきらない。



「え…………っていうか、これ…………えっ!?」


 高名瀬さんの視線が、僕のお尻とリビングの壁の間を行ったり来たりしている。


 どうやら、見られてしまったようだ。




 僕のお尻――尾てい骨から伸びる、電源プラグを。




「えぇ~っと……とりあえず、説明をしますので、十秒ほど向こうを向いていてもらえますか?」

「え? ……え?」

「パニックになっているのは分かりますが、向こうを向いていただかないと、後ろのだけじゃなくて、前の方のもぽろりとこぼれてお目汚しをしてしまいそうですので」

「ぅひゃうっ!?」


 僕の濁した説明は的確に伝わったようで、高名瀬さんは人類の限界を超えるような速度で回れ右をした。


「す、すす、すみません!」

「いえいえ、こちらこそ」


 お尻に電源プラグが生えているのは僕くらいかもしれないが、前の方はメンズが誰しもぶら下げているものだから。

 言えば伝わる。


「き、際どいところまでバッチリ見てしまって、申し訳ありません」

「いや、言わなくていいです」

「おヘソの下から指四本分くらいは、案外何もないゾーンなんですねっ!」

「高名瀬さん、テンパっていろいろとんでもない発言しちゃってるから、一回口閉じて!?」


 結構際どいところまで見られちゃったっぽいな、どうやら!?


「そ、それで、い、一体、な、何をなさ、なさ、ささ……っ」

「あぁ……えっとね……」


 まぁ、もう見られてしまったので、話してしまってもいいだろう。


「僕ね、生まれた時からお尻に電源プラグが生えててさ、これをコンセントに挿すと体内バッテリーが充電できるんだよね」

「じゅう……でん?」

「そう」


 体力とは別の、あからさまに人知を超えるパワーを引き出すことが出来る『体内バッテリー』。

 僕には、そういうものが備わっている。


 それを使えば、巨大杭打機のように地面を揺るがすことだって、鉄パイプをぐにゃぐにゃに曲げることだって、自転車に二人乗りで急斜面を駆け上がることだって出来てしまう。


 電動アシスト機能付き、とでも言えばいいのだろうか。


 とにかく、僕は充電された体内バッテリー分だけ、人知を超える強大なパワーを使用することが出来る。


「ただ、使い過ぎるとその反動で物凄い倦怠感に襲われて、酷い時は身動きが取れなくなったり、意識がなくなったりしちゃうんだよね」


 体内バッテリーは、人間としての体力よりも大きな力を引き出せる。

 その反面、人間の感じる疲労の数十倍の負荷が身体に降りかかってくる。


「だから、部室で充電をしないと家に帰ることも出来ない日があったんだよ」


 体育でちょっと張り切り過ぎた日や、不慮の事故で困っている人をこっそりと助けた日なんかは、帰宅時間までバッテリーが持たないことが多い。


「じゃあ、さっきも……?」

「あはは……、今日はちょっとバッテリーを酷使しちゃったみたい」


 安堵して意識を手放してしまうなんて、久しぶりだ。

 小学校の運動会ぶりかもしれない。


「バッテリーって、どれくらい持つんですか?」

「全然持たないんだよね。時速100kmで走ったら五秒くらいしか持たないと思う」


 実際に計ったことはないけれど。


「一度姉に言われて庭を掘り返したことがあるんだけど、燃費が悪過ぎて使い物にならないって叱られたんだよね……」


 庭をおしゃれにDIYしたいと言い出した姉に駆り出されて庭の土を掘ってみたものの、硬い土を掘り起こす作業はかなり大変で、五分に一度二時間の充電が必要になるような効率の悪さで、「ユンボでもレンタルしてきた方が遥かにコスパいい」と言われてしまった。


 案外、使えないんだよねぇ、僕の体内バッテリー。


 ズボンを穿き終え、高名瀬さんに「もういいよ」と声をかける。

 高名瀬さんはゆっくりと、若干「まだ丸出しなんじゃないか?」と疑うように、徐々にこちらへ視線を向ける。


 僕がズボンを穿いていることを確認すると、ほっと息を吐き、僕の顔を見た。


「あの、それって……体電症、ですか?」

「うん。高名瀬さんとお揃い」


 だから、あの日部室で高名瀬さんの秘密を知った時は驚いた。

 同じクラスにもう一人、体電症の人がいるなんて。


 まぁ、体電症対応の学校なんだから、他の学校よりも割合は多いだろうとは思っていたけれど。


「もっと早く……わたしの秘密を知った時にでも、教えてくれればよかったのに……」


 少しだけ膨れて、高名瀬さんは僕を睨む。

 自分だけが秘密を知られていたという状況が、少し悔しいのかもしれない。


「ごめんね。高名瀬さんになら話してもいいって思ってたんだけど……高名瀬さん、僕のお尻に興味ないって言うから」

「体電症とお尻は関係ないじゃないですか!?」

「でも姉に、秘密を教えるのは、お尻の隅々まで見せても構わないと思える相手だけにしなさいって言われてたから」

「どんな理屈ですか!?」

「部室で聞いたでしょ? あの時、高名瀬さんが僕のお尻に興味津々だったら、体電症のことも話そうと思ってたんだよ?」

「同級生の男の子に『僕のお尻に興味ある?』って聞かれて『興味津々です』なんて答える女子は存在しませんよ!?」

「高名瀬さんならワンチャン!」

「ありません! わたしをどんな人間だと思ってるんですか!?」


 お尻を見られたのは僕なのに、高名瀬さんが真っ赤な顔をして照れまくっている。

 これではまるで、僕がお尻を見せつけて悦に浸る変な人みたいじゃないか。


「けど、知ってもらえてよかった」


 言わないでおこうとは思ったけれど、やっぱり知ってほしかったんだと思う。

 高名瀬さんに秘密がバレて、ちょっとホッとしている僕がいる。


「これで、部室で充電してても変な目で見られないしね」

「それはまぁ…………えっ、部室でお尻を出す気ですか?」

「だって、引っ張り出すの大変だし」


 言いながら、僕は自身のお尻から伸びるコードを軽く引っ張る。

 短めに引っ張ると、僕のコードはしゅるしゅると音を立てて尾てい骨の中へと巻き取られていく。

 古いタイプの掃除機のコードように。


「ぁんっ!」

「ちょっ!? へ、変な声、出さないでください!」

「ごめん。なんか異物が自分の中に入ってくる感触って、未だに慣れなくて……」


 尾てい骨が響いて、そのまま背筋をぞくぞくって電気が遡ってくるような感じなんだよね。

 引っ張り出す時は出す時で、ぞわぞわしちゃうんだけど。


「で、ズボンを穿いていると、こうやって腰のところでコードが引っかかって、最後まで巻取れないんだよ」


 コードの先端。

 太くなっているプラグ部分がズボンのベルトに引っかかって留まっている。

 こうなると、もう一回ある程度引っ張り出してから、もう一度巻取りを開始しないといけないので非常に面倒くさいし、ぞわぞわぞくぞくするのでなるべく避けたい。


「というわけで、充電中は基本お尻丸出しなんだ」

「部室では丸出し禁止ですからね!?」


 えぇ……


「じゃあ、コードが詰まったら高名瀬さんにしまってもらおっと」

「む、無理ですよ、おし、お尻に触るなんて!?」


 別にお尻に触れとは言っていないんですが。


「とりあえず、練習しとく?」

「し、しませんっ!」


 中途半端にぷら~んとしたコードを高名瀬さんに差し出してみるも、全力で拒否されてしまった。


 じゃあ、あとで自分でしまうかぁ。


「……今度、コードを通す穴が空いたパンツを作ってきてあげます」

「高名瀬さん、裁縫できるの? すっごい助かる」


 姉は、そういうのが一切できない人なので。


 ――と、もうこんな時間か。


「チョリッツは持った? 充電はある程度出来たから駅まで送るよ」


 たぶん、駅まで往復くらいは出来るだろう。


 そんなことを考えていた時、家の外から車のエンジン音が聞こえてきた。

 この音は――


「姉が帰ってきたみたいだね」



 ちょうどいい、高名瀬さんに姉を紹介して、姉の車で家まで送っていってもらおう。







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