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29 姉の職業

「ただ~いまぁ~。シュウ、いる~?」


 玄関を入るや、すぐに帰宅の挨拶を寄越してくる姉。

 おそらく靴を脱ぎ散らかしながら声を発しているのだろう。

 姉の行動は基本『ながら行動』なのだ。


 靴を脱ぎながら喋る。

 スマホを見ながら食事する。

 歌いながら風呂に入る。

 あと、寝ながら食べるなんていうのも。


 もう少し、落ち着いてほしいものだ。


「シュウ、どこ~?」

「リビング~!」


 階段に向かって呼びかけていそうな声に、リビングから返事をする。

 すると、とたとたと廊下を小さな足音が近付いてくる。


「あ、いた~。……って、お客さん?」


 僕の前に立つ高名瀬さんを見て、姉が目を丸くする。

 高名瀬さんは、突然の家族登場に緊張しまくっているようで、姉の顔もロクに確認しないまま深々と頭を下げた。


「はじめまして! お邪魔しています! 鎧戸君のクラスメイトの高名瀬と申します!」

「高名瀬?」


 姉が小首を傾げ、そして高名瀬さんを指差す。


「あぁ~、ポーちゃんじゃん」

「え…………ササキ先生!?」


 名を呼ばれ顔を上げた高名瀬さんは、姉の顔を見るなり驚愕の声をあげた。


 あ。姉の患者さんだったんだ。



 姉は、その明晰な頭脳を買われて、いまだ謎だらけの奇病『体電症』の治療を専門とする医者をやっている。

 医者、兼、研究者って感じだけれど。


「うっわ~、偶然。なになに、シュウのお友達なの? クラスメイトって言った、今? へ~、世間って狭いよね~」

「い、いえ、わたしとしましては、鎧戸君とササキ先生がご姉弟だということの方が驚きですが……」


 驚愕し恐縮する高名瀬さんに近付いて、馴れ馴れしく肩を抱く姉。

 こら、気安く触るな。僕の客人だぞ。


「けど、姉が担当してるってことは、高名瀬さんの体電症って、結構厄介な感じなの?」


 姉は体電症の第一人者だ。

 ……ナンバーワンじゃないかもしれないけれど、トップファイブには確実に入る人間だ。


 その姉が担当するのは、身内の僕と、他の研究者では対応できないような少々厄介な症状の人物ばかり。

 例えば、扱いを間違えれば爆発してしまうような、そんな感じの。


 僕のこのプラグも、普通のコンセントに挿すと発熱してコンセントが溶けてしまう。

 一般家庭の15A対応のコンセントでは、ちょっと容量が足りないのだ。

 なので、延長コードとかも使えない。


 僕が家で充電できるのは、リビングに特設されたこのコンセントのみ。


 特設コンセントが僕の自室にないのは、僕が充電中であることを家族に知らせるためだ。

 僕が充電中に電子レンジとか使うと、ブレーカーが落ちちゃうから。


 ちなみに、部室のコンセントは姉の指示ですべて僕のプラグ対応となっている。

 なので、部室以外での、例えば教室などでの充電は要注意。

 フル充電させようとすると、確実に溶ける。最悪、発火する。


 そういう、取り扱い注意な体電症患者が、姉の元へと集められている。


 だが。


「いやぁ、違う違う。ポーちゃんは比較的軽めの症状だよ」


 姉はからっとした顔でけろけろ笑う。


「でもね、体電症の研究者って男ばっかだからさぁ……こんな魅惑の女子高生のあんな部分見せられないだろう?」


 と、高名瀬さんの大きなバストを鷲掴みにするような指の形で空中を揉み揉みする。


「セクハラやめろ、不良姉」

「でもでも、見てご覧よ。絶対揉みたくなるから!」

「どれどれ」

「セクハラやめてください」


 ズビシッと、僕の額に高名瀬さんのチョップが突き刺さる。

 ……酷い。僕は姉のセクハラをやめさせた立場なのに。


「まぁ、場所が場所だし、研究者が問題起こしたばっかりの時期だったし、同性のあたしが担当しようってことになったんだよ。当時はあたしも、まだまだ駆け出しだったしね」


 体電症研究者の起こした問題……思い出したくない話題だ。


「あ、ちなみに、ポーちゃんのコンセントは、商業施設丸ごと一個分の電力を『ぎゅ~』って一個のプラグに集約して突き刺しても、余裕で対応できる超高性能なんだよ」

「すごいよ、高名瀬さん! デパートの経営者になれば大儲けだよ!」

「餓死しちゃいます、そんなに電力使ったら」


 そうか。

 電力を使う度にお腹が空く仕様なんだっけ。


「それにしても、ポーちゃんがシュウの初めての友達とは……感慨深いねぇ~」

「初めて……、なんですか?」

「いや、まぁ……学校で会話する程度の人はいたけどね」

「家に呼んだのは君が初めてだよ、ポーちゃん! 記念品を授与したいくらいだ」

「そう……、なんですか」


 何か物言いたげな目で僕を見る高名瀬さん。

 なんですか?

 友達のいない僕を憐れんでいるんですか?


 いいんです。

 僕は量より質を優先する男なので。


「ポーちゃんのことも、小さい時からずっと知ってるからね。……うん。いい表情するようになったね。こんな自然な笑顔、初めて見たかもしれない」

「えっ!? あ、いや、それは……」


 焦り、ちらっとこちらを見て、慌てて姉の口を塞ぐ高名瀬さん。


 なるほど。

 自分も友達がいなかったわけだ。

 それで、仲間を見つけたような感慨に浸っていたのか、さっきのは。


 高名瀬さん。大丈夫。量より、質だよ。


「初めて会った時は、こんなに小さかったのにねぇ~」と、胸にぺたんと手を添える。


 こら。

 どこの小ささで成長を表現してるんだ。

 貴様は成人した今もそのサイズだろうに……あれ? もしかして。


「牛丼特盛女子って、高名瀬さんのことなのか!?」

「そうそう。頑なフロントホック女子」

「姉弟でなんの話をされていたんですか、あなた方はっ!」


 その後、姉はこんこんと医師の守秘義務について高名瀬さんに説教されていた。

 叱ってくれる人がいることに感謝しろよ、姉。


 ……え?

 次は僕?

 僕、悪くなくない?

 勝手に話したのは姉なわけで……あ、知ってても軽々しく口にしちゃいけないんですね。

 すみません。







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