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 姉が高名瀬さんを車で送っていくということになり、僕もついていこうと思ったのだが、「あんたは充電してな」と、姉に拒否された。

 確かに、まだ充電は終わってないけれども。


「この子、充電中に寝落ちするクセがあるから、夜に充電させるの怖いんだよね。朝起きてきたらお尻丸出しの弟がリビングに転がってるんだよ? 心臓に悪いし、爽やかな朝が台無しだよ」

「それは、なんと言いますか……苦労されているんですね」


 高名瀬さんが姉側につきそうだったので反論しておく。


「なら、僕の部屋にコンセントを用意してくれればいいじゃないか」

「そしたらあんた、ほぼ毎日お尻出して寝落ちするでしょ。年中風邪っぴきになるよ? 知ってる? 病は尻からって言ってね」

「気です、先生」

「まぁ、毛ぐらいお尻にも生えてるし」

「気です、先生っ」


 病は毛からって、ハゲたら無敵かよ。

 この姉が世界屈指のいい大学を出ているという事実。世の中のどこかがバグってるんじゃないだろうか?


「じゃあ、ぼちぼち行こうか? 支度は出来てる?」

「あ、待って」


 僕が充電中に寝落ちをしてしまったせいで、本来の目的が達成されていない。


「チョリッツ、持ってくるね」

「あ、うん。手伝いますか?」

「いや、いいよ。待ってて」


 高名瀬さんが手伝いを申し出てくれるが、チョリッツを一箱持ってくるだけだ。

 二人も必要ない。


 階段を駆け上り、自室へと入る。


 ……違和感。

 なんだろう?

 何か違和感が…………物が少しずつ移動している?


 本棚を見ると、コミックが何冊か浮いている。

 僕は毎回きっちり奥まで差し込んで、高さも揃うように上からぽんぽんってしている。

 それがされていない……ということは、高名瀬さんが見たのかな。

 僕の読んでいるマンガに興味があったのだろうか。



 ハーレム、異世界、奴隷、モテモテな件。



 マズい!?

 思春期全開な男の子と思われただろうか!?


 違うよ、高名瀬さん!

 これらのマンガは、あくまでストーリーが魅力的なのであって、決して肌色率が高いから購読しているわけでは――ごめんなさい、肌色目的な部分も多少あります! 

 だって女性キャラがみんな可愛いんだもの!



 可愛いヒロインの肌色が好きなんだなぁ。にんげんだもの。――秀明。



 一度現実から目を背けるために本棚から視線を外す……と、ベッドの布団がふっくらしていた。

 なんというか、こう、一度めくりあげて戻したような…………


「ベッドの下を確認したね、高名瀬さん!?」


 マズい、僕が寝落ちしている間に家探しされている!?

 まぁ、見られてマズいような物はこの部屋には一切ないので問題ないけれども!

 だって、姉が勝手に出入りするから!

 中学生のころ、秘蔵の大人図書をあいうえお順でベッドに並べられていたことがあったから!


 僕が巨乳好きだということが姉にバレたのは、たしかあの頃だったっけ……


「……まったく、高名瀬さんは」


 お転婆さんなんだから。

 好奇心が旺盛なんだろうなきっと。


「よし。いつか高名瀬さんのお部屋にお呼ばれした際は、同じことを仕返してやろう」


 そんな意気込みと共に、チョリッツを『二つ』ピックアップする。


 とりあえず、帰りの車で姉に変なことを言わないように賄賂として一つ余分に渡しておこう。

 ……言われて困ることはない、はず、だけど、まぁ念のため。


 高名瀬さんが誘惑に負けて食べてしまった京都の抹茶チョリッツと、名古屋の小倉バタートーストチョリッツを持って一階に降りる。


「おまたせ」


 リビングに戻ると、にやにやした顔の姉と、真剣な表情の高名瀬さんがスマホをいじっていた――僕の。


「あ、ちょうどよかったです。鎧戸君、誕生日は何月何日ですか?」

「家探しまだ続いてんな、これ!?」


 他人のスマホを覗き見るのはマナー違反ですよ、さすがに。

 ……まぁ、家探しもかなりアウトですけども。


「そういうのは、彼女になってからにしてください」

「シュウ、彼女にはスマホ見せるんだ?」

「別にやましいことはないからね」


 彼女が出来たら、きっと僕のスマホの電子書籍アプリから、大人図書のデータは削除されることだろう。


「か、彼女……に、なる予定は、今のところありませんので」


 ちょっと照れて、高名瀬さんがスマホを僕に押し付けるように返却してくる。


「なに、これ。めっちゃ可愛いんだけど!?」

「でしょ? 可愛いんだよ、高名瀬さん」

「姉弟でからかわないでください!」

「照れるとメガネ触るから」

「なるほど。シュウがメガネ外さなくても可愛いって言ってた理由を理解したよ」

「だからっ、なんの話をしていたんですか、姉弟で!?」


 両腕をブンブン振り回して抗議してくる高名瀬さん。

 姉がいなければ、きっと物理攻撃が加えられていたことだろう。

 姉はいるだけでちょっとしたバリアーになるのか。覚えておこう。


「じゃあ、はい。お詫びも兼ねて」

「……ふたつ?」


 チョリッツを渡すと、高名瀬さんが怒りを沈めてパッケージを眺める。

「名古屋……小倉バター!? ……絶対美味しいじゃないですか」


 高名瀬さんのあんこ好きが確定した。


「帰りに我慢できなくなるかと思って、小倉バターは人身御供です」

「そ、そこまで食いしん坊じゃありません!」

「じゃあ、いらない?」

「折角のご厚意ですので、ありがたく頂戴いたします」


 小倉バタートーストチョリッツを奪おうと手を伸ばすと、背に庇うように小倉バタートーストチョリッツを隠す。


 食いしん坊。


「それじゃ、妹さんによろしくね」

「妹って?」

「昨日、チョリッツを買い忘れて妹さんに叱られ中なんだよ、高名瀬さん」

「あはは、可愛い姉妹喧嘩」

「バラさないでください、もぅ!」


 照れながら、宇治抹茶チョリッツをカバンの奥底へと封印する高名瀬さん。

 もう絶対食べないように、一番深い場所へ。


 ……自制心ないのかな?


「ちなみに、2月18日ね、シュウの誕生日」

「え?」

「なぜ教える、姉?」

「学校で、隙を見てロック解除できるように☆」

「ホントろくなことしないな!?」


 なんなんだこの姉は!?

 今後、スマオは肌身離さず所持するようにしておこう。


「2月18日なんですか?」


 高名瀬さんが、ちょっと驚いたような顔でこちらを見る。


「そうだよ~」

「なぜ貴様が答える、姉?」

「アナグラムしたら『8102ぱいおつ』なんだよね~」

「なぜアナグラムした!?」

「もぅ、やめてください!」


 姉のしょーもないギャグに高名瀬さんが怒る。

 だから、セクハラはやめておけと、あれほど。


「わたしの初恋の人と同じ誕生日なんですから、変なこと言わないでくださいね」


 え?

 初恋の人?


「へぇ~、興味深いな。どんな人?」

「うん、僕もちょっと気になるかも」


 高名瀬さんの初恋とは、一体どんなものだったのか……


 頬を染めて、恥ずかしそうに身を捩りながらも、高名瀬さんはその男性のことを教えてくれた。


「名前は、デスゲート・プリズン。職業は魔王です」

「魔王デスゲート・プリズン!?」


 誰に恋しちゃったんですか、高名瀬さん!?


「あぁ、昔流行ってたゲームのラスボスだっけ?」

「そうです! わたしが初めてクリアしたRPGで、すっごく強くて、戦う理由がとても切ない、悲しい男性だったんです……」


 あぁ、ボスが人類に敵対する理由が悲しい設定のRPGって一時期流行ったよね。

 ……まさか、初恋が魔王だったとは。


「魔王のいた国、太陽暦採用してんだねぇ」

「魔王様、水瓶座かぁ……」


 姉の言葉に僕も続く。

 水瓶座の魔王。ラッキーカラーはパステルブルーだったらしいよ、今日。

 スマホのホーム画面に書いてあった。


「じゃあ、もしかして、高名瀬さんのスマホも、ロック番号『0218』だったり?」

「そ、それは……トップシークレットです」


 っぽいな、どうやら。

 これで、スマホに何かされたら仕返しが出来そうだ。


「で、では、長らくお邪魔してしまいましたが、御暇させていただきますね。鎧戸君、チョリッツありがとうございます。また明日、学校で」


 トップシークレットが暴かれたゲーマー高名瀬さんが、足早にリビングを出ていく。

 本当に……誤魔化しが下手だな。







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