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32 ササキ先生の車


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 鎧戸君に見送られて、ササキ先生の車で帰路につく。


「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」

「ん~ん。気にしないで~。あたしも美少女と夜のドライブデート出来て嬉しいし」


 ササキ先生はわたしの主治医で、体電症に悩むわたしの不安や悩みを、いつもこんな感じの軽い口調で和らげてくれていた。

 先生には、何度救われたか分からない。


 一見すると飄々として無責任に思える言動もあるけれど、でも、どんな時でも患者のことを考えてくれている頼れる優しい先生なんです。


「ビックリしました。ササキ先生が鎧戸君のお姉さんだったなんて」

「あたしもビックリだよ~。シュウの初めての友達がポーちゃんなんてさ」


 滑らかなハンドリングでカーブを曲がりながら、ササキ先生は子供のようなニカッとした笑顔を見せる。


「でも大変だったね~」


 前を見ながら、ササキ先生は声だけをこちらへ向ける。


「見られちゃったんでしょ? コンセント」

「ぐふっ!」


 急に振られた話題に、思わずむせてしまった。

 ……それは、確かに、見られましたけれども。

 なんでしょうか、クラスメイトの肉親に「あんなところ見られちゃったんだってねぇ~」なんて話題を振られると、なんだか気まずいです。


「ポーちゃんって知らずに話聞いてたからさぁ、『ラッキースケベおめでとー』って思ってたんだけど、あとで叱っとくね」

「い、いえ。元はと言えばわたしが勝手に部室に忍び込んだのがイケないので」


 アノ件は、もう済んでしまったことなので忘れてください。

 明日あたり、鎧戸君に改めて「胸の谷間を見ちゃってごめんなさい」とか蒸し返されたらいたたまれません。


「部室? あの空き教室のこと、そう呼んでんだ?」

「はい。部活動の拠点として使用する教室ですので」

「そっかぁ。で、ポーちゃんも入部したんだよね?」

「はい。……結構、強引な感じで」


 高校生活を送る上で、校内に誰にも邪魔されないプライベートな空間が持てるということは非常に魅力的だった。

 このコンセントを隠すために、あの部室はかなり役に立つ、そう思って必死に滞在許可をもぎ取った。


 ……今思えば、鎧戸君には悪いことをしたかもしれない。

 自身の体電症を隠すための部室だったはずなのに、部外者が我が物顔で居座るようなマネをして……


 だって、あの時は、ズボラな生徒がただ授業をサボるために利用している部屋だと思ったから……


「鎧戸君に、悪いことをしてしまいました」

「平気平気。あの子、結構どんな状況でも楽しめちゃうから」


 そう、なんだろうか?

 そう……な、気がする。

 鎧戸君は、困った顔をしながらもいつも楽しそうで、いつもわたしのことを優先してくれる。


「……優しいですよね、鎧戸君は」

「うん。それが取り柄だしね」


 自慢の弟なのだろう。声にそれが表れている。


「ちなみに、一番の長所はお尻ね」

「ごふっ!」


 また思いも寄らない発言が聞こえ、盛大にむせる。

 ……どんな長所ですか。


「見た、見た? シュウのお尻」

「み、見てませ…………すみません、チラッと見ました」


 だって、明かりつけたらお尻丸出しだったから!

 故意ではないんです!

 本当です!


「お尻の……谷間のあたりを、少し……」

「じゃあ、お互い谷間を見られちゃったわけか」


 お互い様……なのだろうか、これは?

 ……なんだか、わたしは損をしているような気がするけれど。


「ぷりんとしてて可愛いでしょ~?」

「いえ、そこまでじっくりとは……」


 すぐ目を逸らしましたし。


「あぁ、そうだ。あの子、しょっちゅうコードを詰まらせて『しまって』って言ってくるから、ポーちゃんにもコツを教えておくね」

「いえ、やりませんよ、わたしは!?」


 お尻のコードを触るなんて、とんでもない!


「でも、学校で頼れるの、ポーちゃんだけだし」

「そう言われましても……」

「2センチくらい『ぴっ!』って引っ張ったら『しゅるる~ん』って引っ込んでいくから。勢いが大事だよ」

「やりませんってば!」


 変なことのコツを教えられ、思わず顔が熱くなる。

 やりませんよ、わたしは、絶対。


 ……フラグじゃないですからね?


「ちなみに、部活の名前決まったら教えてね」


 赤信号で停まり、ササキ先生が顔をこちらへ向ける。


「その部活、顧問あたしだから」


 非常勤講師が顧問だとは聞いていたけれど、それがササキ先生だったとは!?


 あの部室は、本当に鎧戸君の体電症を隠すためだけに用意されたものだったんだと、実感した。







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