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33 研究者の不祥事


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「あの旧校舎ってね」


 車が動き出すと同時に、ササキ先生が話し始める。


「本当は新校舎よりもあとに作られた、見た目だけが古めかしい最新鋭の施設なんだよ」

「そうなんですか?」

「うん」


 それは、ビックリです。


「あの校舎全部が、体電症の研究施設なの。あ、これは秘密ね」

「秘密を軽々しく口外しないでください」

「ポーちゃんは信頼できるからね」


 信頼されるのは嬉しいですが、ついうっかり口を滑らさないか、在学中ずっとドキドキしそうです。


「対外的には旧校舎ってことにして、研究員が教師として使用しながら、特定の生徒を呼び出すんだよ。そうしたら、違和感なく体電症の対応ができるでしょ?」

「なるほど」


 授業中でもなんでも、教師からの呼び出しであれば離席する理由になる。

 本当に、あの高校は体電症対応を徹底しているんだなぁ。


「うまいことカムフラージュしないと、旧校舎に行く子はみんな体電症だってバレちゃうでしょ? 普通、みんな隠したがるからねぇ、体電症」


 普通、とわざわざ言ったということは、そうじゃない人もいるということだろう。

 わたしは、絶対に知られたくない。

 好奇の目を向けられるのも嫌だし、場所が場所だけに……見られるのも、嫌だ。


「気にしない人もいるんですか?」

「シュウがそうなんだよねぇ」


 鎧戸君……

 確かに、わたしに見られた後も、あんまり気にしてない雰囲気だったかも。


「あの子は危機感ってもんがなくてねぇ。誰彼構わずコードのこと話しちゃうから、変なトラブルに巻き込まれちゃってさぁ」


 はぁ……っと、ササキ先生は大きなため息を吐いた。


「もう一個、ポーちゃんを信頼して、秘密話しちゃってもいい? たぶん、知っておいてもらった方がシュウのためになることだから」


 鎧戸君のためになること。

 それならば、知っておきたいような気もする。けれど、物凄く言いにくそうな雰囲気のササキ先生を見ると、尻込みしてしまう。


「受け止めきれますか、わたしに?」

「大丈夫、大丈夫。女は度胸だよ!」


 使い所が違うと思います、その言葉。


「では……お伺いします」


 なんとなく、ササキ先生の必死さが伝わってきたので、聞いておくことにする。


「さっき、あの子のお尻が可愛いって話をしたよね?」


 ……どうしよう。聞くのやめたくなってきた。


「あの子が三歳のころなんだけど、体電症の研究者だった父の友人が家に来てた時にね、父が電話かなんかでその人を置いてリビングを離れたことがあったの。その時、あの子、その人に自分のコードの話をしちゃったんだよね」


 先生曰く、お父様は自身の息子が体電症であることは、そのご友人には伝えていなかったらしい。


「話を聞いた父の友人だった人は、研究者魂を揺さぶられたのかなんなのか、あの子のコードを見せてくれるように頼んだんだと思う。それで、あの子はコードを見せた」


 三歳の男の子だったら、人前でお尻を出すことへの抵抗は少ないのかもしれない。


「そうしたらさぁ、あの子のお尻、可愛いじゃない?」

「……同意を求められても、困ります」


 そんなにじっくり見てませんってば。


「父の友人だった人って、堅物で、研究一筋で、五十代になっても独身で、人生のすべてを研究に捧げてきたような人だったんだけどね……父がリビングに戻ると、その人――シュウのお尻をペロペロしてたんだよね」

「ぃぎひぃいいいいっ!?」


 変な声が出た。

 お腹の底から、得も言われぬ正体不明の寒気と不快感と怖気が湧き上がり全身を駆け抜けていった。


「そこで父は言ったの。『お前、それはプリンじゃないぞ』って」

「言ってる場合ですか、お父様!?」


 その事件は大問題となり、ご友人だった方は研究者の世界から追放され、お父様も管理不行き届きとしてそれなりに重い罰を与えられたという。


「学会の罰より、母からの罰が重くてね……年に数回会うだけで恐怖のパラメーターが振り切れちゃうらしいんだよね、父」

「どんな罰を与えたんですか、お母様……?」

「え、……聞きたい?」

「やめてください」


 夜、怖くて眠れなくなるじゃないですか。


「だから、あたしがシュウに教え込んだの。『コードのことを話すのは、お尻の隅々まで見せてもいいと思える相手だけにしなさい』って」


 それで、わたしに「僕のお尻に興味ありますか」とか聞いてきたんですよね…………鎧戸君、聞き方っ!


「それから、あたしは如何にお尻を見られるというのが恥ずかしいことかをあの子に叩き込んだから、たぶんあの子、前を見られるよりお尻を見られる方が恥ずかしがると思うよ。今度試してみて」

「試しませんよ!」


 何の話ですか、何の!?


「そういう研究者の不祥事があって、現在はかなりそーいった面に気を遣うようになったんだよ」

「おかげで、わたしはササキ先生に診察してもらえているわけですか」


 まぁ、牛丼特盛とか言われましたけれど。


「感謝……というと、鎧戸君に申し訳ないでしょうか」

「いや、してあげて、感謝。あの事件は、結構大事になったから。体電症研究に大きな一石を投じたんだよ、我が弟は。……まぁ、もう二度とウチの弟に手出しはさせないけどね」


 ササキ先生の目が本気だ。

 ご家族にとって、相当ショックな事件だったことは間違いない。


「……本人は、どれくらい気にしていますか?」

「どうだろうねぇ~。あの子、基本あっけらかんとしてるから。けどまぁ、ポーちゃんにコードのこと話してなかったんなら、危機管理は出来るようになったんじゃないかな?」


 確かに、言おうと思ったけれど言えなかったと言っていた。


「あの子、好き嫌いがはっきりしてるから分かりやすよ~。ポーちゃんのことは、かなり好きだね」

「そ……ぅ、ですか」


 やめてください。

 深い意味がなくとも、さすがに照れます。


「だからさ、あの子が気に入った子にぺらぺら話しちゃわないように見張ってて。でなきゃお尻行脚しなきゃいけなくなるからさ」

「……どこまでが真剣なお話なんですか?」

「全部、全部☆」


 砕けた口調のせいで、冗談を言っているように聞こえる。

 内容も。

 ……お尻行脚って。



 話が一段落した時、見慣れた景色が窓の外を流れていた。

 もうすぐ家に着きそうだ。







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