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窓の外の風景が見慣れたものになり、残り少ないドライブの中でわたしは考える。
わたし自身が体電症で、わたしにとって体電症というのは自分のことでしかなかった。
けれど、当然ながらわたし以外にも体電症の患者さんはいて、あの体電症対応の高校にもわたしと同じように体電症に悩む生徒が複数名通っている。
そんな当たり前のことが、どういうわけかすっぽりと頭から抜け落ちていた。
自分のことで手一杯だったのだろうな。
「わたしは、小さい人間ですね」
「ん? 胸の話?」
違います!
違いますが、否定するのもそれはそれで憚られるので沈黙をもって抗議とさせていただきます。
「わたし以外にも体電症の人がいることを、頭で理解はしていても、うまく実感できていなかったようです」
「まぁ、みんな内緒にしているし、集まって何かをやろうって感じでもないからね」
確かに。これまでわたしは、一度だって体電症の人と出会ったことがない。
いや、出会っていてもそうだとは気付いていない。
「やっぱり、ウチの高校にはたくさんいるんですか、体電症の生徒?」
「ん~、たくさんってほどではないかもだけど、ポーちゃんが思っているよりは多いかもね」
わたしは、意識していなかったけれど、きっと自分一人だと思い込んでいたのだろう。
鎧戸君がそうなのだと知って、とても驚いたくらいだから。
「もっとも、何人いるよ~とか、誰がそうだよ~とかは言えないけどね」
「それは当然ですね」
逆に、わたしが体電症だと他の誰かに話されても困る。
こういう口の堅さは、むしろわたしを安心させてくれる。
「あぁ、でもこれだけは教えておこうかな」
少しスピードを落とし、声のトーンも落として、ササキ先生は不穏な話を始める。
「今、君たちの高校はある意味で一番注目されているんだ」
「注目、ですか? ……体電症の生徒の数が多いとか?」
「ううん。とってもヤバい症例の子が在学しているから」
ヤバい……とは、どういった意味でなのだろうか。
体電症の患者の中には、熱暴走を起こす人や、最悪の場合爆発してしまう人もいると聞く。
そのような人、なのだろうか?
「その子の力を使えば、この国はひっくり返される。最悪、滅ぼされる可能性すらあるんだよ」
「えっ!?」
思っていたのとは違うベクトルではあったが、それは確かにヤバい症例だ。
「今現在、我が国はその子の良心によって生かされている状況なんだよ」
「……大袈裟な話、です、よね?」
「まぁ、ちょっとはね」
少々誇張はしているが、まったくあり得ない話でもない……ということらしい。
「その子がこの国に絶望した時、もしかしたらこの国はなくなってしまうかもしれない。……その子の性格上、そんなことは起こさないと思うけれど、現状は注意深く観察しているところなんだ」
ということは、きっと穏やかな人なのだろう。
どうか、穏やかなまま、健やかに生涯を終えてほしい。
「その方に、幸あれ」
「あはは。そうだね。ポーちゃんも祈っててあげてよ、その子の幸せを。きっと、毎日を笑って過ごせるようなら、危険な思想は持たないと思うから」
そんな危険な人が、ウチの高校に……
「……その話、本当にわたしが聞いてもよかったんですか?」
「さぁ、どうだろうねぇ?」
どうだろうねって!?
なんだか、絶対人には話せないのに忘れることもできそうにない重たい秘密がいくつかできちゃいましたよ、今日!?
「あたしは、話せて楽になった」
「もぅ! ……ササキ先生は、こうして見るととても鎧戸君に似ていますね」
「ほんと? やったね☆」
嬉しいんだ……
ちょっとした悪口のつもりだったんですが。
「仲がいいんですね、弟さんと」
「まぁね~。血さえつながってなければお嫁さんになってあげたいくらいに」
「それは……ちょっと引きますけども」
「え、なんで? 可愛いよ、ウチの弟?」
その可愛さには、きっと共感できないと思います。
この先もずっと。
小憎らしい時はありますけれど。
「はい、到着~」
ゆっくりと進んでいた車が停まる。
我が家の前だ。
「どうする? あたしも一緒に行って弁明したげよか?」
「いえ。送っていただけただけで。会うときっと話が長くなりますから」
「そっか。ポーちゃんママ、おしゃべり好きだもんね」
にへらっと笑って、ササキ先生は「じゃ、気を付けてね」と見送ってくれる。
徒歩二秒ですけどね。
「ありがとうございました」
「ど~いたしまして。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
ドアを閉めて窓越しに挨拶を交わす。
ふと思い立って、もう一言追加する。
「鎧戸君にも伝えておいてください」
「『おやすみ』って?」
「『ありがとう』です」
いろいろと気を遣ってくれたし、チョリッツもいただきましたし。
「分かった。『おやしゅみ~(はぁ~と)』って伝えとく」
「叩かれますよ、きっと。今の顔で言ったら」
鎧戸君がイラッてしそうな表情でしたし。
あははと笑って、ササキ先生は帰っていった。
運転、上手だったなぁ。
話していると無邪気な感じだけれど、しっかりと大人の女性で、少し、憧れる。
なんだかんだと鎧戸君を心配していて、しっかりとしたお姉さんという感じ。
わたしも、同じ姉としてしっかりしなきゃ。
とりあえずは――
「鎧戸君にもらったチョリッツで、妹と仲直りしなきゃだね」
秘密兵器の入ったカバンを小脇に抱えて、わたしは戦場へ赴く兵士の面持ちで我が家の門をくぐった。