目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

37 うっかり鎧戸君

「あのお婆さん、実は名のある地主とか大企業の会長だったりしないかな?」


 校門を通り校内に入って、僕はそんな願望を口にする。

 ちょっとした桜並木を歩いて、グラウンドの端で僕は駐輪場へ、高名瀬さんはそのまま下駄箱へ向かう。

 その間の僅かな話題にでもなればと思って。


「そうですね。どこの企業の会長さんだと、利益が最大になるでしょうか……」


 なのに、高名瀬さんは結構真剣に悩み始めた。

 いや、軽いジョークだよ?

 マンガだとそーゆーパターンよくあるよねーっていうだけの。


「この辺ですと、やっぱりMiSSNaミスナですかね」


 MiSSNaは十五年ほど前にこの地域に本社を移した大企業だ。

 セキュリティ関連の会社で、国内で多くの企業やご家庭の安全を守っている超一流企業である。

 セキュリティ以外にもいろいろ手広くやってるみたいだけどね。


「最近ですと、スマホゲーム事業にも乗り出していまして、わたしも一つプレイしてみたんですが、これがなかなか歯ごたえのある硬派なゲームで、並の課金ゲーとは一線を画しているといいますか、結構『やるな!』と感心していたんです」


 高名瀬さんが熱い!

 MiSSNa、ゲームもやってたのか。

 で、高名瀬さん、ゲームやってたのか。


「高名瀬さん、散財はしないようにね」

「ご心配には及びません。わたしは課金などに頼らずともハイスコアを叩き出せるよう、おのれを磨いていますので」


 ご心配に及びまくりだよ。

 大丈夫なのだろうか、この人は、本当に。


「あ……」


 熱く語る高名瀬さんを見ていて気付かなかったけど、駐輪場が目の前だ。


「高名瀬さん、付き合わせちゃったね」

「え? ……あ、駐輪場!?」


 高名瀬さんも気付いていなかったっぽい。


「鎧戸君が興味深い話題を振るからですよ」


 いえ、想定以上に食いついたのはあなたです。


「……これは、賠償が必要かもしれませんね」

「そんなに美味しかった、小倉バタートーストチョリッツ?」

「べ、別におねだりではないですからね!?」


 いや、あなたの言う『賠償』は、確実におねだりだよ。

 まぁ、もらい物のチョリッツくらい、いくらでも貢がせていただきますが。


「いらない? 名古屋に加えて、徳島すだちチョリッツもあるけど」

「鎧戸君、知っていますか? ……チョコレートと柑橘系の相性は最強だということを」


 徳島のみなさん、おめでとうございます。

 食いしん坊マスター高名瀬さんのお眼鏡にかなったようです。

 今後も頑張って量産してください。


「これで、三時間目の壁を越えてください」

「お任せください」


 いや、三時間目に壁を感じている人に何を任せろというのか。


「今日はちょっと、MiSSNaのゲームを突き詰めてみましょうか」

「ここでそんな厳ついスマホを出さないように。人に見られるよ。ゲーマーなの、秘密なんでしょ?」

「大丈夫です。気配を消しているので、他の生徒は私には気付きません」


 忍者か。

 絶対気付かれるから。


 そんな話をしながら下駄箱へ向かうと、そこにクラスカーストのツートップがいた。


 男子のトップ、御岳連国君。

 女子のトップ、戸塚莉奈さん。


「なんだ、やっぱ付き合ってんじゃん」


 僕たちを見るや否や、顔を不機嫌そうに歪めてそんなことを言い放つ戸塚さん。

 やっぱり頭の中が桃色だ。


「じゃあ、君たち二人はお付き合いしてるの?」


 そちらも男女二人でしょとやり返してみれば、戸塚さんは分かりやすく頬を染め取り乱した。


「は、はぁ!? そんなんじゃないし!」


 わぁ、わっかりやっすぅ~い。


「あたしら、まだ全然そこまでじゃねぇーし! ね、ねぇ、レンゴク?」


 こちらに向ける声とはまるで違う、可愛らしい声で御岳連国君に声をかける戸塚さん。

 けれど、御岳連国君は物凄く不機嫌そうに戸塚さんを一瞥した後「知るか」と、低い声で吐き捨てた。


 なんか、すっごい機嫌悪いね。

 わ、こっち来た。

 近くで見るとデッカいなぁ。

 180センチ以上あるよね、絶対。


 そんな長身の、縦にも横にもデカい御岳連国君が僕の顔を覗き込んでくる。

 眉間にシワを寄せて、凄まじい眼力で、僕の目を見つめてくる。


「つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ」

「言い出したのは、君のお連れさんだよ」


 こっちは飛んできたボールを打ち返しただけですので。


「連れじゃねぇつってんだろ」

「友達なら連れでいいじゃない」


 高名瀬さんを「恋人か」と聞かれれば否定するけれど「連れか」と聞かれれば肯定するだろう。

 別に連れ合いと言ったわけではないのだから。


「『連れ』が恋人を指す言葉なら、『連れション』の難易度が爆上がりしちゃうし」

「なんの話をしているんですかっ」


 ぺしりと、後頭部を叩かれる。高名瀬さんに


 ……あぶないなぁ。

 こんなに顔を近付けられている時に後頭部を叩くとか……危うく僕のファーストチューが散っちゃうところだったよ?

 三日三晩泣き続けるところだったよ?


「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、テメェ。俺を舐めてんのか?」

「舐めてはないけど、ビビってもないよ」


 だから、いくら凄んでも無駄。

 その気になれば、プロボクサーのパンチでも避けられるしね、僕。

 バッテリーを使えば、視力や聴力、反射神経を極限まで高めることが出来る。

 筋肉の軋みを聞いて、迫る拳を見切り、神がかり的な反射速度で回避することが可能なのだ。


 ただし、そこまで集中するとバッテリーを二割くらい使っちゃうんだけどね。


「おもしれぇ……俺はな、舐められんのが――一番キライなんだよ!」


 大きく振りかぶられた拳が、僕の顔めがけて打ち出される。

 すっげ、拳がバスケットボールくらいあるように見える。そんな大きいわけないのに。

 すごい迫力だ。


 でも――『集中』!


 筋肉が伸び、拳が迫りきて……あ、アゴを狙ってるのか、そしてここで避け……あれ? 拳の勢いが止まった?

 あ、寸止めか。

 なんだ、怖い顔して結構優しいんじゃん、御岳連国君。


「……なんで避けなかった?」

「寸止めするって分かってたし」


 いや、分かってはいなかったけどね。

 避ける前に止まったから避けなかっただけで。


「俺には分かるぞ。お前はちゃんと俺の拳が見えていた。だからビビって動けなかったわけじゃねぇ……お前、何者だ?」

「同じクラスの鎧戸秀明です」

「そうじゃねぇよ!」


 いや、そうじゃなくないんだけど?

 鎧戸秀明ですし。


「……いいだろう。次は本気で行く」


 え、待って。

 何がいいの?

 本気で来ないでほしいんだけど?


「俺の本気パンチ、受けられるもんなら、受けてみやがれぇ!」


 大きく一歩踏み込み、先ほどとは比べものにならない迫力で、バランスボールくらい大きく見える拳が打ち出される。


 いや、迫力凄過ぎ!

 オーラ的なヤツで拳がデッカく見えちゃってるから!

 君、本当に普通の高校生!?


 しょうがないのでバッテリーを駆使して御岳連国君の拳を撃ち落とす。

 チョップで。

 手首を「えいっ!」って。


「ぅ……っぐ!?」


 迎撃された御岳連国君が手首を押さえて僕から距離を取る。

 バックステップで飛び退いて、ずざざってちょっと後方に滑る。


 すっげぇ、マンガみたい!

 かっけぇ!


「見た!? 高名瀬さん、今の見た!?」

「はしゃがないでくださいっ」


 周りの目を気にしてか、ツッコミがいつもより小声な高名瀬さん。

 周りの目を気にするということは、電話に出た時に声がワントーン高くなるタイプだね、きっと。


 手首を押さえて、御岳連国君が僕をじっと見つめている。


「お前……名前は?」


 おやぁ、何度か名乗ったんだけどなぁ?


「鎧戸秀明」

「よれぇーどひでぇーき……」

「え、僕ってそんな滑舌悪い!?」

「覚えておくぞ」

「やめて、それで覚えないで! よ・ろ・い・ど・ひ・で・あ・き! 鎧戸秀明です!」


 選挙活動のような僕の声を聞いているのかいないのか、御岳連国君はこちらに背を向けて一人で歩いていってしまった。

 ……聞いてなさそうだなぁ。


 その後ろを戸塚さんが小走りで追いかけていく。

 あぁ、本当に連れじゃないんだ。

 こりゃ、戸塚さんの片想いかな。


「鎧戸君」


 高名瀬さんに呼ばれて振り返ると、高名瀬さんは嬉しそうな顔でこちらを見ていた。


「でぇーじょうぶでしたか?」


 この人、まだそのネタ引っ張るのか。

 どんなに頑張っても『秀明』は『しゅうまい』にはなりま…………


「あ、……れ?」


 急に目の前が暗くなる。

 なんでだ?


 集中を二回使ったけど、まだバッテリーは半分以上残っているはず……あ、お婆ちゃん助けたんだった。


 いっけね……忘れて……た。



 そこで、僕の意識は途切れた。







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?