★★★★★
御岳君とのいざこざが終わり、鎧戸君が無事でよかったと思ったのも束の間、鎧戸君が急に倒れてしまった。
「鎧戸君!?」
呼べど、揺すれど、反応がない。
まさか、さっき殴られて?
いや、殴られてはいないはず……じゃあ、もしかして、充電切れ?
マズい!
それは非常にマズい!
「どうした!?」
急に倒れた鎧戸君を取り囲む生徒たちが騒がしくしていたからか、ウチのクラスの担任、佐々木先生が駆けつけてきた。
こちらの佐々木先生は苗字が佐々木の、正真正銘佐々木先生。
これぞ体育教師というような体つきと、暑苦しいまでの熱血ぶりで、我が校屈指の名物先生と言われているらしい男性教諭。
「ぬぉう!? 鎧戸、どうした!?」
人垣の中心で倒れる鎧戸君を抱き上げ、ペシペシとその頬を平手で叩く。
「鎧戸! どうした? 返事をしろ、鎧戸!」
倒れている人は、そんな無闇矢鱈と動かさない方がいいのでは?
そんな何度もぺちぺち叩かないであげてください! 頬が腫れます!
「鎧戸、どうしたぁー!? 気合い入れろー!」
意識を失っている人に無茶言わないでください!
「よし、待ってろ! 先生が今、渾身の闘魂を注入してやるぞ!」
先生、それは暴力です!
グーはダメです、グーは!
「あのっ、佐々木先生!」
「ん? おぉ、高名瀬か。どうした? 先生今忙しいんだ」
「その方法では、鎧戸君は目を覚ましません」
「そうか? 先生なら一発で目が覚めるがな」
「鎧戸君と先生では防御力が違います」
先生ならラスボスの必殺技を跳ね返せるかもしれませんが、鎧戸君は通常攻撃で即死です。
紙装甲なんです、見た目の通りに!
「なら、高名瀬は鎧戸の意識が戻る方法を知っているのか?」
「え……あ、それは……」
知っている。
おそらく、バッテリーが切れてシャットダウンしてしまっているのだろうから、部室に連れて行って充電させれば目を覚ますはずだ。
でも、詳しい説明は出来ない。
「なんでそんな遠い旧校舎に行く必要があるんだ?」と聞かれたら、説明のしようがない。
そもそも、旧校舎や部室のことはなるべく人に知られない方がいい。
こんな大勢の野次馬がいる中で、部室の話はできない。
興味本位で覗きに来る人がいないとも言い切れないし。
となれば、保健室にでも連れて行って、こっそりとコンセントを借りるか……
養護教諭の目を盗んで、プラグをこっそりと……それなら可能かもしれな…………いや、無理だ!
それを決行する場合、わたしは、気を失っている鎧戸君のズボンに手を突っ込んで、お尻の割れ目に生えているコードを引っ張り出さなければいけない。
出来るわけがない!
ずっ、ずぼっ、ズボンっ、ズボンにずぼずぼなんて、無理です!
まかり間違って前後を間違ったらとんでもないことになります!
「どうした、高名瀬? 顔が真っ赤だぞ?」
「にゅっ、にゃんでもありましゅん!」
「ん? あるのか、ないのか、どっちだ?」
噛みまくりです!
けど仕方ないです!
たぶん、鎧戸君のせいです!
あぁ、でもこの状況……どうしたら?
誰か……この窮地を脱する方策を授けてください!
「どうかされましたか、佐々木先生?」
「おぉ、ササキ先生!」
「……へ?」
佐々木先生の声に視線を向けると、ササキ先生がいた。
鎧戸君のお姉様!
「ササキ先生、どうしてここに?」
「え? あぁ、ポー……高名瀬さん。今日は登校日なのよ」
おぉう、そうだった、非常勤講師!
ナイスです、非常勤講師!
わたしの中の憧れ職業ランキングにランクインです、非常勤講師!
「先生、大変なんです。鎧戸君が……」
「え? ……あちゃぁ…………完全にバッテリー切れの顔じゃん」
「……ですよねぇ」
互いに小声で状況の確認を行う。
わたしはササキ先生の耳元で、鎧戸君がお婆さんを助けた後、御岳君という生徒をあしらったことを掻い摘んで説明した。
「朝から大暴れだな、我が弟は……情報ありがと」
「いえ」
わたしの頭をぽんっと叩いて、ササキ先生は佐々木先生に話しかける。
「この子はあたしが預かります」
「しかし、鎧戸はウチのクラスの生徒で――」
「これも、仕事です」
「……そう、ですか。では、お願いします」
小声で放たれた『仕事』という単語が耳に届いた。
おそらく、体電症に関する隠語だろう。
佐々木先生は、それで身を引いた。
「あとの処理はこちらで行っておきます。生徒諸君は速やかに教室へ戻るように。なぁ~に、心配はいらない。ただの貧血だ」
言って、群がる生徒たちを解散させる。
少し心配ではあるが、ササキ先生がいれば問題ないだろう。
わたしも、教室へ――
「あぁ、ちょっと。高名瀬さん」
「はい?」
呼び止められ、振り返ると、ササキ先生は保健室を指さしながらにこりと笑った。
「君も熱っぽいようだから、保健室まで付き合いなさい。薬を出してあげるわ」
「いえ、わたしは…………いえ、分かりました」
体調に問題はないが、ササキ先生があえてこういうことを言ったのだから、それに従っておいた方がいいだろう。
「彼女とウチは家族ぐるみの付き合いがありまして、弟に何かれば彼女に対応を頼んでいるんです」
「なるほど。それでさっきも」
ササキ先生が佐々木先生にそんな説明をする。
家族ぐるみの付き合いって……わたしが鎧戸君のお姉さんと顔見知りで、鎧戸君がウチの妹に気に入られている程度の関係じゃないですか。
まぁ、そういうことにしておいた方が、追々融通も利きやすくなるだろう。
「この子も少しお借りしますね」
「分かりました。ですが、なるべくホームルームには出るようにさせてください。クラスの生徒は、私の宝なのですから」
そう言った佐々木先生を置いて、わたしたちは保健室へ向かった。
鎧戸君のことは、ササキ先生が負ぶって。
「あの先生、熱血系の教師ドラマに影響されて教職に就いたタイプの人でね、ちょっと暑苦しいけど、悪い人じゃないんだよ」
「それはもう、重々承知しています」
本当に、生徒思いの先生だと思う。
……言動が暑苦しいのが玉に瑕なのだけれども。
「保健室のコンセントも、一つは特別仕様になってるから、そこで充電させてもらおう。保険医は、あたしから外に出ててもらうよう言っとくから」
「養護教諭さんですよ」
「あたしらの時は保険医って呼んでたんだけどなぁ」
時代が違いますからね。
気を付けてくださいね。
「じゃ、話つけてくるから、コード引っ張り出しといてね」
「無理ですっ!」
むぅ、嬉しそうな顔して!
分かっててやりましたね?
これは賠償ものですよ。
他の県のチョリッツを要求させていただきます! 鎧戸君に!
こうして、なんとか危機を脱したことでわたしはすっかり安心してしまっていた。
まさか、教室で、新たな危機が待ち受けているとも知らずに――