気がつくと、真っ白な部屋にいた。
消毒液のような、なんだか清潔過ぎるくらいに澄んだ空気の匂いがした。
「ここは……?」
「気が付きましたか?」
声がした方へ視線を向けると、ベッドの横に高名瀬さんがいた。
椅子に座って、僕のことを見ている。
あ、なんかこれもマンガみたいだな。
「ねぇ、こういうのってマンガでよくあるよね?」
「はい?」
意識を失ってた人が目を覚まして、「ここは?」っていうと「気が付きましたか?」ってパターン。
それで、体を起こすと激痛が走って「まだ起きちゃダメですよ」ってもう一回寝かされるヤツ!
「今から体を起こすので、『まだ起きちゃダメですよ』って言ってもらえるかな?」
「気が付いたなら、さっさと起きてください。もうホームルーム始まってるんですよ」
ん~……現実はなかなか思うようには行かないものなんだなぁ。
仕方ないので体を起こす……と、下半身に違和感が。
おや?
高名瀬さんの視線を気にしつつ、掛け布団を持ち上げて、そっと中を確認する…………ズボン、膝までずり降ろされてるな。
「高名瀬さんのエッチ!」
「わたしじゃありません! ササキ先生がやったんです!」
姉が?
「……何しに学校なんかに?」
「非常勤講師なんですよね?」
非常勤というか、勤務することなど滅多にない幽霊講師だけれども。
「わたしが入部したので、その手続きとかがあるのかもしれませんね」
「あぁ、そうそう。言い忘れてたけど、あの部活の顧問、ウチの姉なんだ」
「聞きました。昨日、送ってもらった時に」
昨日は、結構遅い時間まで引き止めてしまったから、姉が高名瀬さんを車で送っていったんだよね。
「なんか変なこと言ってなかった?」
クラスメイトと身内が、自分の知らないところで一緒にいるって、なんでか妙にドキドキするんだよねぇ。
……姉は、僕の人には言えない秘密をほぼすべて知っているから。
あることないこと吹き込んでなきゃいいけど……
「変なこと……………………いえ、別に」
なんか言ったな、姉!?
言いやがってるな、絶対!?
でなきゃ、この反応はおかしいし!
「あの、何を言われたのか知りませんが、できれば聞かなかったことにしていただけると……」
姉からの情報なんて、きっとろくでもないものしかないから。
「だ、大丈夫、ですよ。……誰かに話したりなんか、しませんから」
ふいっと顔を背ける高名瀬さん。
薄っすらと、頬が赤く染まる。
……この反応。まさか!?
「中学生のころベッドの下に隠しておいた巨乳系大人図書が、姉の手によってあいうえお順にベッドの上に並べられていた事件のことを聞いたんですね!?」
「そんなことしてたんですか!?」
違ったぁ!?
聞いてなかった秘密を自分で暴露してしまったっぽい!?
そして、どっちかって言うと、したではなくされたんですよ、僕は!?
「……それで、ベッドの下があんなに綺麗だったんですね」
じとっとした目でこちらを見てくる高名瀬さん。
っていうか、今、さらっと家探ししたこと認めましたね? 自白しましたよね、今、確実に。
「あんまり男の部屋なんか家探ししない方がいいよ? ろくなことにならないから」
「ふしゅる~♪」
誤魔化しの口笛、下手!
「あ、そういえば。ササキ先生は用事があるから、目が覚めたら勝手に出て行って教室に戻るように――だそうです」
「保険医には話を通してあるから、ってことかな」
「養護教諭、ですよ」
「僕の時代は保険医って呼んでたんだけどなぁ」
「同じ時代です、わたしと高名瀬くんは」
呆れたようにため息を吐いて、高名瀬さんは一人、さっさと立ち上がり保健室を出ていこうとする。
「あ、待ってよ! 僕も一緒に――」
置いていかれまいと、慌てて立ち上がろうとした僕の顔に、高名瀬さんが投擲した彼女のスクールバッグが命中する。
「ずぼっ、ズボンを穿くだろうからと、気を利かせて外に出ようとしただけです! ドアの前で待ってますから、さっさとズボンを穿いてください!」
あぁ、そうだった。
僕のズボン、今ヒザまで脱がされてるんだった。
尾てい骨から伸びる電源プラグは、保健室に一つだけ設置されている特殊コンセントに接続されている。
おかげで、充電はばっちりだ。
……ただ、ズボンを穿くためには、あのプラグを引っこ抜きにベッドから出て、抜いて、ちょっと引っ張って、しゅるしゅるとお尻にコードを収納する必要がある。
お尻丸出しでベッドから出るのか……学校の保健室で?
「あの、高名瀬さん。そこの電源プラグ、引っこ抜いていただくわけには……?」
「ご自分でどうぞっ」
真っ赤な顔で言って、高名瀬さんは保健室を出て行き、力いっぱいドアを閉めた。
……別に、卑猥な部位じゃないのになぁ、電源プラグ。
触るのも嫌なのか……
仕方ないので、お尻丸出しでベッドから抜け出し、コンセントからプラグを引き抜いた。
で、コードを引っ張って――
「……んっ」
――離す。
しゅるしゅるしゅるっ!
「おぉっぅふっ」
『変な声出さないでください! 聞こえてますよ!』
ドアの向こうから高名瀬さんの怒声が飛んでくる。
だってしょうがないじゃない。体の中から異物が出たり入ったりするんだもの。
コードを収納し、投げつけられたことで散らばった高名瀬さんの持ち物をカバンに詰め込んで、僕も保健室を出た。
カバンを返して二人で教室へと向かう。
ホームルーム終了までもう間もなく。
僕たちは、少し急ぎ足で廊下を進んだ。