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41 スマホの持ち主は

「下駄箱に落ちていたんだが、あの時あの近くにいたのはこのクラスの者がほとんどだったから、先生が預かって持ち主を探しているんだ」


 下駄箱は、クラスごとに区分けされている。

 僕たちのクラスの下駄箱の前に、僕たちのクラスの生徒しかいないのは当然だ。


 そこに落とし物があれば、まず間違いなく、高確率でこのクラスの誰かの物ということになる。


 とはいえ、なにもこんな犯人探しみたいな騒ぎにしなくても……

「預かっておくからあとで取りに来い」でいいじゃないか。


 ちらりと斜め後ろを見やれば――


「…………」


 高名瀬さんが平常心を装いながら、盛大にテンパっていた。

 いや、パッと見は一切動揺しているようには見えない。

 だが、僕には分かる。

 高名瀬さんは今、心と頭の中で盛大にパニックに陥っている。


 瞳孔、開いてますよ。



 ゲーマーであることを隠したい高名瀬さん。

 何より、注目されることも、目立つようなことも避けて生きてきた彼女が、こんな厳つい、彼女のイメージとは真逆の、ともすれば盛大にイジられかねないスマホを「わたしのです」とは名乗り出られないだろう。


 まして、こんな注目を集めている中では。


 ……はぁ。しょうがないな。

 貸しですよ、これは。


「それ、僕のです」

「おぉ、やっぱりそうか」


 ここはひとまず、僕の物だということにしてスマホを受け取り、休憩時間に高名瀬さんへと返却しよう。


 それで解決。

 一件落着……と、思っていたら。


「念のため、ロック画面を解除してもらおう」

「え……?」

「自分の生徒を疑うわけではないが、万が一お前の物ではなかった場合、お前を窃盗犯にしてしまいかねないからな」


 それは、疑っていると言うのでは?

 しかしながら、実際僕のスマホじゃないので反論は出来ないけども。


「先生はお前を信じている。だから、お前も先生を裏切るな。いいな、鎧戸」

「は……はぁ」


 笑顔で物凄い圧をかけてくる。

 この人、なんでこんなに無駄なくらいに熱いんだろうか。


「ほら、解除してみろ」


 そうして手渡される高名瀬さんのスマホ。

 ……ロックを解除しろったって、高名瀬さんのスマホのロックナンバーなんか知らな………………あ、いや、知ってるな。


 おそらく、間違いなく、ロックナンバーはアレだ。

 高名瀬さんの初恋の相手にして、偶然にも僕と同じ誕生日だという、水瓶座の魔王デスゲート・プリズン。


 僕は手渡されたスマホに、僕と魔王の誕生日を入力する。



 ――0218、と。



 一瞬の緊張の後、スマホは無事ロック解除された。


 ……よかったぁ。

 何気に、めちゃくちゃドキドキした。

 これで『ロックナンバーが違います』って出たら完全にアウトだった。

 どう乗り切ればいいのか、今をもってしても思いつきもしない。


「ほぅ、誕生日か」


 僕が入力したナンバーを確認していた佐々木先生がポツリと呟く。

 生徒全員の誕生日を覚えてるの、この先生!?


 それって、尊敬するべきところ?

 なんかちょっと怖いんですけど!?


「あんまり分かりやすいナンバーにするなよ。第三者に解除されたら、悪用されかねないぞ」

「僕のスマホには、そこまでだいそれたモノは入ってませんよ」

「それでもだ。ちなみに先生は、週ごとにナンバーを変えてるぞ」

「よくそんなに思いつきますね、4桁のナンバー」

「生徒の誕生日を順番にな」


 佐々木先生のその発言を聞いて、教室中が「ざわっ!」とざわついた。

 あ、やっぱみんな、ちょっと「怖っ!?」って思ってたみたいだ。


 だよね、怖いよね?

 個人情報を学校に提出したとはいえ、暗記されてるのってちょっとビビるよね。


「もし、何も思いつかないのなら、初恋の人の誕生日がお勧めだぞ。自分以外には分かりようがないからな」


 ガハハと豪快に笑い、「もう落とすなよ」と僕の背中をバッシバッシ叩いて、「では、席に着け」と僕と高名瀬さんを解放する佐々木先生。


 ……背中が、痛いです。

 親父にもぶたれたことないのに……姉にはしょっちゅうですけども。


「それじゃあ、ちょっと時間が押してるから、連絡事項をまとめて伝えるぞ」


 そんな佐々木先生の声を背に、自席へたどり着く僕と高名瀬さん。

 スマホを渡したいけれど……ここで渡すわけにはいかないよね?


 とりあえず、ホームルームが終わったら、どこか人気のないところまで移動して返却しよう。


 と、スマホの画面に目を向けると、待ち受け画面で魔王デスゲート・プリズンが不敵に笑っていた。

 ……どんだけ好きなの?

 よく見つけてきたね、こんな待ち受け画像。

 何年前のゲームだっけ、これ。


 ……まさか、自作か?

 やりかねないなぁ、高名瀬さんなら。


 他にどんなアプリが入っているのか、ちょっと見てみようかなぁ~なんて思っていると、背筋に冷たいものが走った。


 慌てて顔を上げると、高名瀬さんが物凄い恐ろしい目でこちらを睨んでいた。

 ひんやりと冷気を感じるくらいに冷たい目。

 ……前向いて、前。

 体、完全に後ろ向いちゃってるから。


 分かりました。

 見ませんから。

 ほら、電源ボタン押してスリープ画面にしましたから。

 もう触れませんから!

 だからお願い! 前向いて!


 スマホをカバンの奥底にしまい込み、両手を上げてもう見ないアピールをして、なんとか高名瀬さんを納得させられた。


 なんだろう。

 倒しきれなかった魔神を、とりあえず封印だけして、これでしばらくは平和だねってエンディングのような……拭いきれないこの不安感。

 なんなんだろうか、一体……


 高名瀬さんが前を向いて、これで安心だと思ったのに、まだどうにも見られている気がする。

 心がざわついて落ち着かない。

 どこからの視線だ……と、辺りを見渡すと――



「…………」




 御岳連国君が、僕のことをじっと見つめていた。

 いや、睨みつけていた。

 高名瀬さんの絶対零度の睨みとは対象的な、灼熱のマグマのような高温の視線で。



 ……一体、なんなんだろうか、今日という日は。

 僕、なんかした?







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