「下駄箱に落ちていたんだが、あの時あの近くにいたのはこのクラスの者がほとんどだったから、先生が預かって持ち主を探しているんだ」
下駄箱は、クラスごとに区分けされている。
僕たちのクラスの下駄箱の前に、僕たちのクラスの生徒しかいないのは当然だ。
そこに落とし物があれば、まず間違いなく、高確率でこのクラスの誰かの物ということになる。
とはいえ、なにもこんな犯人探しみたいな騒ぎにしなくても……
「預かっておくからあとで取りに来い」でいいじゃないか。
ちらりと斜め後ろを見やれば――
「…………」
高名瀬さんが平常心を装いながら、盛大にテンパっていた。
いや、パッと見は一切動揺しているようには見えない。
だが、僕には分かる。
高名瀬さんは今、心と頭の中で盛大にパニックに陥っている。
瞳孔、開いてますよ。
ゲーマーであることを隠したい高名瀬さん。
何より、注目されることも、目立つようなことも避けて生きてきた彼女が、こんな厳つい、彼女のイメージとは真逆の、ともすれば盛大にイジられかねないスマホを「わたしのです」とは名乗り出られないだろう。
まして、こんな注目を集めている中では。
……はぁ。しょうがないな。
貸しですよ、これは。
「それ、僕のです」
「おぉ、やっぱりそうか」
ここはひとまず、僕の物だということにしてスマホを受け取り、休憩時間に高名瀬さんへと返却しよう。
それで解決。
一件落着……と、思っていたら。
「念のため、ロック画面を解除してもらおう」
「え……?」
「自分の生徒を疑うわけではないが、万が一お前の物ではなかった場合、お前を窃盗犯にしてしまいかねないからな」
それは、疑っていると言うのでは?
しかしながら、実際僕のスマホじゃないので反論は出来ないけども。
「先生はお前を信じている。だから、お前も先生を裏切るな。いいな、鎧戸」
「は……はぁ」
笑顔で物凄い圧をかけてくる。
この人、なんでこんなに無駄なくらいに熱いんだろうか。
「ほら、解除してみろ」
そうして手渡される高名瀬さんのスマホ。
……ロックを解除しろったって、高名瀬さんのスマホのロックナンバーなんか知らな………………あ、いや、知ってるな。
おそらく、間違いなく、ロックナンバーはアレだ。
高名瀬さんの初恋の相手にして、偶然にも僕と同じ誕生日だという、水瓶座の魔王デスゲート・プリズン。
僕は手渡されたスマホに、僕と魔王の誕生日を入力する。
――0218、と。
一瞬の緊張の後、スマホは無事ロック解除された。
……よかったぁ。
何気に、めちゃくちゃドキドキした。
これで『ロックナンバーが違います』って出たら完全にアウトだった。
どう乗り切ればいいのか、今をもってしても思いつきもしない。
「ほぅ、誕生日か」
僕が入力したナンバーを確認していた佐々木先生がポツリと呟く。
生徒全員の誕生日を覚えてるの、この先生!?
それって、尊敬するべきところ?
なんかちょっと怖いんですけど!?
「あんまり分かりやすいナンバーにするなよ。第三者に解除されたら、悪用されかねないぞ」
「僕のスマホには、そこまでだいそれたモノは入ってませんよ」
「それでもだ。ちなみに先生は、週ごとにナンバーを変えてるぞ」
「よくそんなに思いつきますね、4桁のナンバー」
「生徒の誕生日を順番にな」
佐々木先生のその発言を聞いて、教室中が「ざわっ!」とざわついた。
あ、やっぱみんな、ちょっと「怖っ!?」って思ってたみたいだ。
だよね、怖いよね?
個人情報を学校に提出したとはいえ、暗記されてるのってちょっとビビるよね。
「もし、何も思いつかないのなら、初恋の人の誕生日がお勧めだぞ。自分以外には分かりようがないからな」
ガハハと豪快に笑い、「もう落とすなよ」と僕の背中をバッシバッシ叩いて、「では、席に着け」と僕と高名瀬さんを解放する佐々木先生。
……背中が、痛いです。
親父にもぶたれたことないのに……姉にはしょっちゅうですけども。
「それじゃあ、ちょっと時間が押してるから、連絡事項をまとめて伝えるぞ」
そんな佐々木先生の声を背に、自席へたどり着く僕と高名瀬さん。
スマホを渡したいけれど……ここで渡すわけにはいかないよね?
とりあえず、ホームルームが終わったら、どこか人気のないところまで移動して返却しよう。
と、スマホの画面に目を向けると、待ち受け画面で魔王デスゲート・プリズンが不敵に笑っていた。
……どんだけ好きなの?
よく見つけてきたね、こんな待ち受け画像。
何年前のゲームだっけ、これ。
……まさか、自作か?
やりかねないなぁ、高名瀬さんなら。
他にどんなアプリが入っているのか、ちょっと見てみようかなぁ~なんて思っていると、背筋に冷たいものが走った。
慌てて顔を上げると、高名瀬さんが物凄い恐ろしい目でこちらを睨んでいた。
ひんやりと冷気を感じるくらいに冷たい目。
……前向いて、前。
体、完全に後ろ向いちゃってるから。
分かりました。
見ませんから。
ほら、電源ボタン押してスリープ画面にしましたから。
もう触れませんから!
だからお願い! 前向いて!
スマホをカバンの奥底にしまい込み、両手を上げてもう見ないアピールをして、なんとか高名瀬さんを納得させられた。
なんだろう。
倒しきれなかった魔神を、とりあえず封印だけして、これでしばらくは平和だねってエンディングのような……拭いきれないこの不安感。
なんなんだろうか、一体……
高名瀬さんが前を向いて、これで安心だと思ったのに、まだどうにも見られている気がする。
心がざわついて落ち着かない。
どこからの視線だ……と、辺りを見渡すと――
「…………」
御岳連国君が、僕のことをじっと見つめていた。
いや、睨みつけていた。
高名瀬さんの絶対零度の睨みとは対象的な、灼熱のマグマのような高温の視線で。
……一体、なんなんだろうか、今日という日は。
僕、なんかした?