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42 突然の拉致

 僕が倒れ、高名瀬さんがスマホを落としたせいで、朝のショートホームルームは休憩時間をすべて飲み込んでしまった。

 つまり、一時間目の前に教室を出て、高名瀬さんにスマホを返却することが出来なかったのだ。


 わぁ……またチラチラ見てくるわぁ。

 そんなに信用ありませんかねぇ、僕?

 結構あなたの望みを叶えてきてる方だと思いますけどねぇ。


 というか、あなたを助けるために一時的に預かってるんだよ、このスマホ?


 とか思っていると、授業中に高名瀬さんからメモが届いた。

 小さく折りたたまれたノートの切れ端。


 わっ!

 女子が授業中にこっそり回すという、噂で聞いたことがあるだけだった代物が僕の手に!?

 これってあれだよね?

 放課後の予定確認したり、ちょっとした雑談したり、時には体育館裏とかに呼び出したりするヤツだよね?


 なんだかすごく青春っぽい!

 僕、こういうのもらうの初めてだなぁ。


 しかも、高名瀬さんみたいな可愛い女子からなんて……加速しちゃうか、僕の甘酸っぱい青春!?


 逸る気持ちを抑えて、綺麗に折りたたまれた手紙を開いていく。

 そこには、相変わらずの綺麗な文字で、こう書かれていた。



『あなたを信用しますので、わたしの信頼を裏切らないでください』



 ……それ、さっき佐々木先生にも言われたよ。

 ものっすごい圧をかけられつつ。

 まぁ、圧で言えば、高名瀬さんの方が遥かに上ですけどね。


 っていうか、手紙の渡し方が、親指と人差指に装着した輪ゴムを使ってピンポイントで僕の机の上に手紙を発射してくるっていう、凄腕スナイパーみたいな方法だった時点で、若干甘酸っぱさは霧散していたんだけどね。


 あの人、絶対狙撃系ゲームもやり込んでるよね。

 机のど真ん中に飛んできたもん、手紙。っていうか、弾。

 不興を買うと、どこから狙撃されるか分かったもんじゃないなぁ、これは。


 返事を書こうと思ったけれど、高名瀬さんがちらりとこちらに視線を向けたので、その目に向かって『OK』と指で丸を作って意思表示しておいた。


 僕は、高名瀬さんほど的確にスナイプ出来ないしね。

 まかり間違って飛び過ぎて、授業を行っている教師に拾われでもしたら目も当てられない。



 そんな感じで、妙にそわそわと落ち着きのない高名瀬さんの背中を斜め後ろの席から眺めつつ、ほとんど頭に入ってこなかった一時間目の授業を終える。


 チャイムが鳴るや、高名瀬さんが勢いよく立ち上がりこちらへと振り返った。

 待ちに待った授業終了なのは分かるけど、その勢いで僕を教室の外へ連れ出すつもり?

 確実に「あいつら、なんかあるな」って思われちゃうよ?


 まさか、「鎧戸君、一緒にトイレに行きましょう!」とか言い出さないでよ?

 高名瀬さん、テンパると何しでかすか分からない危うさがあるから、不安が拭いきれない。


「ぁ…………」


 案の定、立ち上がったはいいけれど、なんと声をかけたものかと考えあぐねて、動きを止める高名瀬さん。


 もういいよ、何も言わなくて。

 言いたいことは分かってるから。

 ほら、先に外に出てて。あとでカバンを持って追いかけるからさ。


「……あのっ、一緒にお手洗いに――」

「さぁ、トイレに行ってこようかなぁ! ショートホームルームのあと行けなかったからずっとガマンしてたんだよねぇ!」


 ……危ない。

 この人、なに言いかけた?

 僕とあなたが一緒に仲良くトイレに行ったら、それもう世間的にアウトだからね!?


「僕たち、結婚しました」って宣言するより大騒動になるからね!?

「学生結婚はありでも、一緒にトイレはない!」っていうのが世間の風潮だから!


 ……いや、知らないけども!

 そんな奇っ怪な統計、調べたこともないし。

 でもたぶんそうだから!


 とりあえず、トイレに行く宣言をしたことで高名瀬さんの発言は止められた。

 あとは、カバンを持ってトイレに行けば、高名瀬さんがさり気なくついてくるだろう。


「ちょっと、鎧戸」


 だというのに、カバンを持って席を離れた僕を戸塚さんが呼び止めた。


 ……なぜ声をかけてくる?


 僕、昨日の下校時、あなたの差し金であるヤンチャボーイズに絡まれて大変だったんだけど?

 え、罪悪感とか微塵も感じてない感じ?


「なんで男がトイレ行くのにカバン持ってくのよ?」


 感じてなさそうだなぁ、罪悪感。

 あれ? 昨日の短髪君たちの行動って、戸塚さんに何か言われたんじゃなくて、彼らの暴走?


 あぁアレか。

 戸塚さんが「鎧戸ムカつく!」とか愚痴を言ったところ「よし、俺がシメてきてやるぜ」って短髪君がいいカッコして戸塚さんにアピールしようって先走っちゃった系のアレ?

 ……いいカッコしたい時に暴力を持ち出すのは見当違いだよ、短髪君。


 だとしたら、昨日の件、別に戸塚さんは悪くない……の、かな?

 嫌いな男子の悪口を陰で言うくらい、誰だってしてるだろうし。


「いらないっしょ、カバン? それともなに? また何か陰でコソコソやるつもり?」


 またとは失敬な。

 いつ僕が陰でコソコソなんてしたというのか。


 まぁ、入学以来、陰でコソコソ部室に行って充電しているけども。


 ……むぅ、反論できない。

 なので、誤魔化しておこう。


「今日、ハンカチとバスタオル間違えちゃってね。だから、これがないと手が拭けないんだよね」

「んなヤツいるかよ!?」

「いや、だから、いるでしょ、ここに」

「じゃあ見せてみろよ、バスタオル!」


 戸塚さんに言われ、カバンからバスタオルを引っ張り出す。

 途端に静まり返る教室。


 ちょっと離れた席から「……あいつ、マジか?」とか「うわぁ……」みたいなドン引きする声が聞こえてきた。


 いや、確かに、ハンカチとバスタオルを間違えることなんかないんだけど、そうでも言わないとカバンを持ち出す理由が他にないからさ?


 ちなみに、このバスタオルは今朝、姉が「部室で充電する時は、腰にこれかけときな。ポーちゃんが変なモノを見なくて済むようにね」とカバンに押し込んできたものだ。


 ……変なモノって。……身内なのに、辛辣。


「というわけだから、トイレに行ってもいいかな、男子のトイレ事情に興味津々な戸塚さん?」

「んなっ!? 誰がっ!? 馬鹿じゃないのっ!? さっさと行け、バカ!」


 手近にあった教科書を投げつけてきたのでキャッチして、隣を通過する際に返却しておく。

 教科書は、大切にね。


 とりあえずこれで怪しまれずにトイレに行ける。


 そう思って教室を出た僕は――



「話がある。ちょっとツラ貸せ」



 ――と、御岳連国君に肩を組まれて、結構強引に廊下の奥、階段の方へと連行されていった。


 あぁ……トイレが遠のいていくっ!

 実はトイレに行きたいのも、結構本気だったのに!?


 っていうか、何!?

 なんで僕、拉致されてんの!?

 何が目的、御岳連国君!?



 引き摺られるように廊下を移動する僕の視界の端っこに、慌てて教室から飛び出してきた高名瀬さんの姿が映った。







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