廊下の角を曲がり、階段の踊り場へと連れてこられたところで、背を押されて壁側へと追いやられる。
カバンに詰め込まれたバスタオルがクッションとなり、ダメージは一切なかったが、振り返ると眼前に御岳連国君が迫っていた。
背も高く体つきもガッチリとした御岳連国君ゆえに、僕の視界は彼の体で完全に覆われてしまっている。
っていうか、何この状況?
壁ドン?
高校生らしい甘酸っぱい青春だろって?
それは男子が女子にやるから意味があるものであって、男子が男子に――それもやられる立場に立たされると恐怖以外の何物でもないんだけども!?
「鎧戸」
御岳連国君の低い声が、僕を呼ぶ。
思わず肩をすくめた僕は、自然と顔が俯いてしまう。
その俯いた顔を、アゴをつまんで持ち上げる御岳連国君。
壁ドンからのアゴくい――
――って!
だから、それは女子にやってみたいものであって、男子にやられたいものじゃないんだってば!
え、なに?
僕、チューされるの?
心の準備も何も出来てないのに!?
ここで散るのか、僕のファーストチュー!?
「ま、待って……せめて、優しく……」
「なんの話をしてやがんだ、テメェ?」
困惑の表情で僕を見る御岳連国君。
困惑しているのはこっちなんだけども?
というか、朝いきなり殴りかかってきたり、休憩時間に有無を言わさず拉致したり、かなりエキセントリックな思考回路してるよね、君は?
これ、相手が女子だったら完全なセクハラだからね?
「そんなことよりも、素直に答えろ」
御岳連国君の瞳が、僕の目を覗き込んでくる。
真剣な目。
一切の嘘や誤魔化しを許さないと、その燃えるような瞳が物語っている。
……一体、何を質問されるんだ?
「お前は――デスゲート・プリズンか?」
一体、何を質問されたんだ、今!?
「そうなんだろ? 俺には分かる!」
僕には、何がなんだか分かりませんけれど!?
「お前がデスゲート・プリズンなら、朝のあの動きも納得だ。辻褄が合う」
どことどこの辻褄が合ったのかな?
っていうか、僕、魔王と人違いされてるの?
わぁ、生まれて初めての経験。
そんなことが、まさか僕の身に降りかかってくるなんて。
「俺は4ナンバーズだ! 覚えてないかもしれないが、同じ戦場で戦ったこともあるんだ!」
おそらくその戦場、僕は未体験だけどね!?
「お前の、いや、あんたの動きは凄まじかった」
なんか、軽く敬われたね、今。
「とても人間とは思えなかった」
まぁ、デスゲート・プリズンは魔王の名前だからねぇ。
魔王の戦いを見たことがあるなら、そりゃあ人間とは思えないって感じても仕方ないと思うよ。
ただ、なぜそれを僕と勘違いしているのかが謎。
ずっと謎!
「そこで相談が、いや、頼みがある!」
大きな声で言って、御岳連国君はヘッドバッドを食らわすかのような勢いで頭を下げた。
腰、直角!
「俺と、ドラゴンを倒してくれ!」
すごく丁寧な頼み方だけれど、それは無理!
ビコーズ、ドラゴンなんていないから!
仮にいたとしても、僕には絶対倒せないから!
「えっと……」
とりあえず、現状の確認が必要だ。
「君は……前世の記憶とか、持ってる系?」
「……はぁ?」
いや、だって、魔王と同じ戦場で戦った記憶がある、4ナンバーズとかいう人なんでしょ?
それはきっと、前世がファンタジー世界で生きていた魔王軍か何かだったんだと思うよ。
「前世なんぞ知らん。変なことを口走るなよ」
君だよ!?
さっきからずっと変なことを口走り続けているのは!
「デスゲート
「あぁ、そうか。そういうことか」
曲げていた腰を伸ばし、御岳連国君は得心がいったようにうんうんと頷く。
「分かったぜ。お前は、正体を隠す、覆面プレーヤーってわけだ」
とりあえず、この人は何も分かってはいない。
「だが、他のヤツならともかく、俺は誤魔化せないぜ」
誤魔化す、とは?
こっちは、真正面から、嘘偽りなく、訳が分からない状況に置かれっぱなしなんだけれども。
「お前のスマホ」
スマホ?
……って、さっきの騒動のあとだから、きっと僕の本当のスマホのことではなく、高名瀬さんのスマホの話だな。
「誤魔化しは通用しないぜ。なぜならあのスマホケースは、先月開催された『モンスター・バスター・スタンピード世界統一討伐大会inスペイン』において、大会のために新たに作成された魔界最強のモンスター、かつての魔王の名を受け継いだ暗黒竜、ダークドラゴン・
あんた、なんちゅーもんスマホにかぶせてんのさ、高名瀬さん!?
「あのダークドラゴンDPモデルのスマホケースは、大会優勝者にのみ贈られた、最強の証。それが日本に存在していることすら誇らしいというのに、まさか同じ学校の、それも同じクラスに所持者がいるなんてな!」
めっちゃ身バレする危険物なんじゃないか、アレ!?
脇が甘過ぎるよ、高名瀬さん!?
「そして、そのモンバス世界大会で優勝したプレーヤーが――お前だ、デスゲート・プリズン」
いや、違いますけど!?
って、そうか!
あのスマホケースを見て、御岳連国君は僕がそのデスゲート某であると確信したわけか。
……ん?
ってことは、あの人、ハンドルネーム『デスゲート・プリズン』でプレイしてるのか!?
どんだけデスゲート好きなの、高名瀬さん!?
もぅ、一途なんだからっ☆
って、微笑ましく見ていられるレベルを凌駕してるよ、もはや!
若干だけど、愛が重いよ、高名瀬さん!?
「プレーヤーの間では有名な話だが、今回のダークドラゴンDPは、モンバスで桁違いの強さを見せつけ大暴れするあんたの存在が、ゲーム会社の垣根を超えたコラボレーションを実現させた結果だって話だ」
もうずっと前に発売したRPGのラスボスの名前を未だに使ってるプレーヤーが、驚異的な強さで無双しまくってるって話を聞いて、発売元のゲーム会社が嬉しくなっちゃって、それでコラボを申し込んじゃったりしたのかなぁ!?
高名瀬さん……あんた、気配消す気ゼロじゃん!?
各所に影響与えまくりじゃん!?
「ずっと憧れてたんだ! 頼むっ、一緒にプレイしてくれ!」
再び腰を直角に折り曲げ、頭を下げて右手をピンっと伸ばして突き出してくる御岳連国君。
……ここまでされたら、断れりにくいよ…………
助けを求めようと辺りを見渡せば、廊下の角に高名瀬さんがいた。
曲がり角に身を隠すようにこちらを覗き込んで、非常にはらはらした表情をしている。
……どうする、この状況?
なんにせよ、相談する時間が必要だ。
「頼む、デップリ!」
「その略し方は看過できませんよ!?」
デスゲート・プリズンを変な風に略されて、思わず高名瀬さんが角から飛び出してくる。
あぁ、またややこしくなる……と思ったところへ、神の助けか、予鈴が聞こえてきた。
「授業、始まっちゃうね。とりあえず、教室へ戻ろう。この話は、また放課後に……ね?」
「…………放課後か。分かった。じっくり考えてくれ」
言って、御岳連国君は一足先に教室へ向かう。
曲がり角のところまで進んで、足を止め、こちらを振り返る。
「いい返事を期待している」
その表情は、なんとも無邪気というか嬉しそうで……ゲーム、大好きなんだろうなぁって思った。
「……どうする?」
「どうすると言われましても……」
僕が一緒にプレイすれば、100%嘘がバレる。
しかし、御岳連国君の強引さを考えれば、いつまでも断り続けることは難しいだろう。
「とりあえず、授業が始まります。教室へ戻りましょう」
「……だね」
このままエスケープしてもよかったが、なんだかそれだと御岳連国君を避けたように思われそうで、僕は二時間目も真面目に授業を受けた。
……トイレに行きたかったのに行けなかったと思い出したのは授業の中盤で、それ以降は本当に地獄だった。
膀胱が、破裂するかと思った。