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44 部室で昼休み

 三時間目と四時間目は体育で、高名瀬さんとは別々だった。


 そんなわけで、高名瀬さんにスマホを返却できたのは昼休み、部室に入ってからだった。


「見てませんよね?」

「そんなタイミングはなかったでしょ?」


 さっきまで体育で、ハードル跳んでたんだから。

 ……なんであんな全力でやらされたんだろう。

 ハードルとハードルの間は三歩?

 四歩だと飛ぶ足が変わっちゃうから速度落ちる?


 いいよ、速度落ちても!


「……ちょっと、充電してもいい?」

「バスタオル使ってくださいね!?」


 ばっと体の向きを変えてこちらに背を向ける高名瀬さん。

 パーテーションとか、買ってもらおうかなぁ、顧問のポケットマネーで。

 ウチ、部費ってないし。


「パーテーションが欲しいですね」

「部費がないんだよ。ウチ、非公認の部活動だから」

「非公認なんですか?」

「学校の許可は下りてるけど、卒業写真とか学校のホームページの部活紹介には載らないって感じの非公認感で」

「あぁ……確かに、載せられませんね。活動実績もありませんし」

「実績以前に、名前すらないからね」

「名前、ですか……」


 高名瀬さんの背中を見つつ、こっそりとズボンを下ろしてバスタオルを腰に巻き、尾てい骨から引っ張り出した電源プラグを特殊仕様のコンセントへと差し込む。


 ……あぁ。あったかい。


「タカイド部とかどうですか?」

「あれ、高名瀬さんが部長やる感じ?」


 それって、おそらく『タカナセ』と『ヨロイド』を切ってくっつけただけだよね?


「東京に高井戸って地名もありますし」

「そことは一切関係ない部活動だけどね」

「ややこしいですかね?」

「だろうね」

「そうですか……では、本日は部活名を決めるミーティングを――」

「もしかして、現実逃避してる?」


 僕が指摘すると、高名瀬さんががっくりと肩を落とした。


「……まさか、スマホを落とすなんて……わたしとしたことが。一生の不覚です」


 いや、まぁ、僕はいつか絶対やらかすだろうなって思ってたけどね。

 落ち込み方が酷いから、今は口にしないけど。


「はぁ……どうしましょう」


 と、ため息を吐きながらお弁当を取り出す高名瀬さん。

 向こうを向いたまま食事をするようだ。

 まぁ、机はいっぱいあるしね。


「今日はお弁当なんだね」

「毎日お弁当ですよ、わたしは」

「え……だって、昨日は三色あんパン食べてたじゃない?」

「ですから、それは……三時間目の壁が」


 早弁した上でお腹を空かせてるのか、この娘は。

 どんだけ電気使ってるんですか?

 ゲームのし過ぎだよ。


「今日は体育だったから早弁できなかったんだね」

「いえ、朝の衝撃が尾を引いてゲームに集中できなかっただけです」


 授業中のゲームを控えれば、三時間目に壁はなくなるっぽいな。

 やめさせる方法を考えようか、真剣に。


 あぁ、いや、違う。

 今は、むしろ高名瀬さんにゲームをプレイしてもらわないと困るのか。


「どう考えても、高名瀬さんが僕のふりをしてゲームをするしかないと思うんだけど」

「……ですよね」


 そのゲームのことは詳しくないけれど、確かオンライン通信で同時プレイが出来るヤツだよね?


「各々が自宅でゲームにアクセスして、高名瀬さんは僕のふりをしてプレイする。で、不安なんで一応僕も参加します。高名瀬さんのふりをして」

「鎧戸君、モンバスやったことあるんですか?」

「ないよ。っていうか、ゲーム自体全然やらないから」

「わたしの名を騙る以上、みっともないプレイはしないでくださいね!?」

「君は、自分の正体を隠したいのか、自分の力を世間に知らしめたいのかどっちなの?」

「……隠す方向で、お願いします」


 この娘の負けず嫌いにも困ったものだ。


「とりあえず、放課後に御岳連国君に一緒にプレイする許可を出すから、そこに高名瀬さんも同席して――」

「えっ!?」


 話の途中で、高名瀬さんが驚いてこちらを振り向く。

 振り向いて、バスタオルを腰に巻く僕を見て「きゃっ!」と両手で顔を覆い隠す。

 その際、右手に握った箸の先から唐揚げが落ちた。


「あ、もったいない……」と思ったら、唐揚げが床に落ちる前に再び箸でキャッチする高名瀬さん。


「武術の達人なの、君!?」

「この唐揚げは、朝、妹が揚げるのをお手伝いしてくれた唐揚げなんです! 一つたりとも無駄には出来ません!」


 この人のこの動体視力がゲームの巧さに直結してるんだろうな、たぶん。

 僕の『集中』と似たような能力持ってるのだとしたら、かなりすごいけどね。


「驚いてたみたいだけど、同席はしてもらうよ。御岳連国君といっしょにプレイする条件として、初心者の高名瀬さんも一緒にやるってことにするんだから」

「いえ、それは、まぁ、問題ないんですが…………『みたけ』?」

「ん? 御岳連国君がなにか?」

「わたし……ずっと『おたけ』だと思ってました」

「自己紹介してたじゃない!?」

「特に興味がなかったので……絶対仲良くなることはない人種だと思っていましたし」


 この人、自分に必要ないことはすぐに忘却するタイプの人だ!?


「どうしましょう……ずっと心のなかで『オタケ君』って思ってたから、ついうっかりポロッと『オタケ君』って呼んじゃいそうです」

「それ以上に、結構重要な『どうしましょう』案件が目の前にあるはずなんだけどなぁ」


 この娘に危機感って、備わってないのかな?


「まぁ、ネット上でのやり取りならチャットでしょうし、ボロが出ることはないでしょう」


 ……やめて、高名瀬さん。

 あなたのそーゆーセリフ、フラグにしか思えないから。


「大丈夫です。わたしは、そういうところでうっかりミスをしないタイプの人間ですので」


 ――と、うっかりスマホを落とした人が言っております。



 ……ホント、ボロが出ないようにしっかりと見張っててあげなきゃな。







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