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45 アプリ

 とりあえず、方向性は決まった。

 互いが互いのふりをして、オンライン上で御岳連国君とゲームをプレイする。


 ただ、ゲームの中では『チャット』という機能を用いて会話ができてしまう。

 話しかけられた時、どのように返事をするのか……そこを誤れば正体は一瞬で看破されるだろう。


「正体がバレないように連絡を密に取れた方がいいから、メールアドレス教えて」


 答えられない質問が来た時には、ゲーム上ではなく裏で高名瀬さんと連絡を取り合いたい。

 そう思って提案したのだが、高名瀬さんが怪訝な表情でこちらを見ている。


「…………メール?」

「あ、そんな警戒しなくても、やましい気持ちはないからね? あくまで連絡を密に取るための――」

「鎧戸君、メールなんか使ってるんですか?」


 あれぇ?

 なんでこんなに驚愕されてるんだ、僕は?


「いや、姉から、指令メールとか結構飛んでくるし、両親とも基本メールで連絡してるし」

「上の世代の文化ですよね」


 マジで!?


「え、もしかして、メールって、知らない?」

「いえ、知ってますが使ってません」


 そう言って、高名瀬さんは自身のスマホを操作してから、画面をこちらに向けた。


「連絡は、基本このメッセージアプリを使っています」


 画面に表示されていたのは、メッセージアプリ『Chain』だった。


 会話が連なっていく様をチェーンに見立てた名前なのだろう。

 もしかしたら、関係性が強固に結びつくとか、人間関係が広がっていくことをチェーンにたとえているのかもしれないけれど、詳しいことは知らない。


 とりあえず、名前はうっすら聞いたことがあっても使ったことはないアプリだ。


 高名瀬さんのスマホを見てみれば、画面の左右から生えた吹き出しが縦に並び、時折スタンプという画像が表示されている。


 スタンプには可愛らしいキャラクターと短い言葉が描かれていて、それを送信することでお手軽に返事ができると、そのような使い方をするものだったと記憶している。


 表示された画面は、高名瀬さんと妹さんの会話のようで、姉妹間で可愛らしいやり取りがされていた。



私『電車混んでるー』

英美『毎日大変だね』

私『なぐさめてー』

英美『よしよし』

私『もっと』

英美『お姉ちゃんふぁいとー!』

私(スタンプ)『おおきに!』

英美(スタンプ)『えぇんやで』




「なにこの可愛い姉妹。なごむ」

「な、内容は読まなくていいんです!」


 慌ててスマホを隠し、赤い顔でこちらを睨む高名瀬さん。

 そんな顔すらなごむけどね。


「なんで関西弁?」

「か、……可愛いじゃないですか、『大阪ちゃうちゃう』」


 っていう名前のキャラクターなのね、さっきのもこもこした犬。

 大阪ちゃうちゃうって、大阪なのか違うのか分かりにくいけども。


「同じアプリをダウンロードすれば、高名瀬さんとやり取り出来るようになるんだね」

「はい。その……お友達登録を、すれば」


 なんか照れてる。

 あ、そうか。


「家族以外で、初めてのお友達に選んでいただいて、ありがとうございます」

「は、初めてじゃないですよ!? 他にも登録してますから!」

「たとえば?」

「…………ポムポムバーガー、とか」


 高名瀬さん。

 それは企業アカウントです。

 お友達ではありません。


「ポムバを登録しておくと、定期的にお得なクーポンが送られてくるですよ。今朝も、新商品の抹茶イチゴシェイクの半額クーポンが届きました」

「わっ、いいなぁ。抹茶シェイクとか、絶対美味しいじゃん!」


 何を隠そう、僕は抹茶味が大好きなのだ。


「鎧戸君は、味覚が渋いですね」

「あんこ好きな高名瀬さんも似たようなもんだよ」


 自分を棚に上げて、僕を高齢者扱いしないでください。

 抹茶は、若者にも人気のコンテンツだよ。


「そのクーポンって、今すぐお友達登録したらもらえるかな?」

「どうでしょうか? もう配信された後ですし」

「そっかぁ……」


 昨日までに登録しておかなきゃいけなかったのか。

 ちょっとショック。


「あ、でもこれ、一枚で二名様まで利用できるみたいですよ」

「ホントに!?」


 太っ腹だな、ポムバ!


「高名瀬さん、お願い! 今日の帰り、ポムバに付き合って! いや、連れてって!」


 抹茶の話をしていたら、口が完全に抹茶の口になってしまった。

 これは、抹茶シェイクを飲まなければ今日を終われないに違いない。


「鎧戸君。『報恩謝徳』という言葉をご存知ですか?」


 受けた恩には感謝の心を持って報いるようにせよ――的な言葉だったっけ?


「『目には目を』みたいな意味だっけ?」

「鎧戸君は、期末までに古文を勉強し直した方がいいですよ」


 えぇ~、似たような意味だと思うけどなぁ。


「では、高名瀬さんの分はご馳走させていただきます」

「ありがとうございます」


 半額クーポンを使って二本買ったら、定価で買うのと変わらないんだけど……まぁ、高名瀬さんが嬉しそうだし、いっか。


「ふふ、鎧戸君は数学の勉強もしっかりするべきですね」


 と、してやったりな顔で言う高名瀬さん。

 いや、気付いてないわけじゃないからね?

 あなたが丸々得したことと、結局僕が定価分支払うこと。


 でもね。


「高名瀬さんと一緒にポムバに行けるなら、シェイクくらい安いもんだから」


 一人でポムバに行って定価で買うのと、高名瀬さんと一緒に行って半額で二人分買うのでは、その価値に雲泥の差が生まれる。


 一人で定価じゃ、きっと行かないもんなぁ。



 なんでだろ?



「それ、は…………つまり」


 少々険しい顔をして、高名瀬さんがこちらを見つめている。

 ……おやぁ?

 顔が徐々に赤く染まっていくぞ?


「その……デートの、お誘い、ということ、でしょうか?」


 あぁ、その険しい表情って、照れ隠し?

 遠慮せずニヤけてくれてもいいのに。


「そうかも」

「――っ!?」


 デートでもいいなと思ってそう答えたら、高名瀬さんは顔の温度を一気に上げ、「ばっ!」と顔を背けた。

 再びこちらに背を向けて、お弁当の残りを口へと掻き込み始めた。


「……鎧戸君は、やっぱりちょっとチャラいです」


 もぐもぐと咀嚼する合間に、声になりきっていないそんなクレームが漏れ聞こえてくるが……背を丸めてぷるぷる震えているその後ろ姿、正直堪んないです。


 耳でも見えれば真っ赤だったんだろうけどなぁ。惜しい。


 ……あ、メガネくいくいした。


 やっぱりいいなぁ、高名瀬さんは。







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