とりあえず、方向性は決まった。
互いが互いのふりをして、オンライン上で御岳連国君とゲームをプレイする。
ただ、ゲームの中では『チャット』という機能を用いて会話ができてしまう。
話しかけられた時、どのように返事をするのか……そこを誤れば正体は一瞬で看破されるだろう。
「正体がバレないように連絡を密に取れた方がいいから、メールアドレス教えて」
答えられない質問が来た時には、ゲーム上ではなく裏で高名瀬さんと連絡を取り合いたい。
そう思って提案したのだが、高名瀬さんが怪訝な表情でこちらを見ている。
「…………メール?」
「あ、そんな警戒しなくても、やましい気持ちはないからね? あくまで連絡を密に取るための――」
「鎧戸君、メールなんか使ってるんですか?」
あれぇ?
なんでこんなに驚愕されてるんだ、僕は?
「いや、姉から、指令メールとか結構飛んでくるし、両親とも基本メールで連絡してるし」
「上の世代の文化ですよね」
マジで!?
「え、もしかして、メールって、知らない?」
「いえ、知ってますが使ってません」
そう言って、高名瀬さんは自身のスマホを操作してから、画面をこちらに向けた。
「連絡は、基本このメッセージアプリを使っています」
画面に表示されていたのは、メッセージアプリ『Chain』だった。
会話が連なっていく様をチェーンに見立てた名前なのだろう。
もしかしたら、関係性が強固に結びつくとか、人間関係が広がっていくことをチェーンにたとえているのかもしれないけれど、詳しいことは知らない。
とりあえず、名前はうっすら聞いたことがあっても使ったことはないアプリだ。
高名瀬さんのスマホを見てみれば、画面の左右から生えた吹き出しが縦に並び、時折スタンプという画像が表示されている。
スタンプには可愛らしいキャラクターと短い言葉が描かれていて、それを送信することでお手軽に返事ができると、そのような使い方をするものだったと記憶している。
表示された画面は、高名瀬さんと妹さんの会話のようで、姉妹間で可愛らしいやり取りがされていた。
私『電車混んでるー』
英美『毎日大変だね』
私『なぐさめてー』
英美『よしよし』
私『もっと』
英美『お姉ちゃんふぁいとー!』
私(スタンプ)『おおきに!』
英美(スタンプ)『えぇんやで』
「なにこの可愛い姉妹。なごむ」
「な、内容は読まなくていいんです!」
慌ててスマホを隠し、赤い顔でこちらを睨む高名瀬さん。
そんな顔すらなごむけどね。
「なんで関西弁?」
「か、……可愛いじゃないですか、『大阪ちゃうちゃう』」
っていう名前のキャラクターなのね、さっきのもこもこした犬。
大阪ちゃうちゃうって、大阪なのか違うのか分かりにくいけども。
「同じアプリをダウンロードすれば、高名瀬さんとやり取り出来るようになるんだね」
「はい。その……お友達登録を、すれば」
なんか照れてる。
あ、そうか。
「家族以外で、初めてのお友達に選んでいただいて、ありがとうございます」
「は、初めてじゃないですよ!? 他にも登録してますから!」
「たとえば?」
「…………ポムポムバーガー、とか」
高名瀬さん。
それは企業アカウントです。
お友達ではありません。
「ポムバを登録しておくと、定期的にお得なクーポンが送られてくるですよ。今朝も、新商品の抹茶イチゴシェイクの半額クーポンが届きました」
「わっ、いいなぁ。抹茶シェイクとか、絶対美味しいじゃん!」
何を隠そう、僕は抹茶味が大好きなのだ。
「鎧戸君は、味覚が渋いですね」
「あんこ好きな高名瀬さんも似たようなもんだよ」
自分を棚に上げて、僕を高齢者扱いしないでください。
抹茶は、若者にも人気のコンテンツだよ。
「そのクーポンって、今すぐお友達登録したらもらえるかな?」
「どうでしょうか? もう配信された後ですし」
「そっかぁ……」
昨日までに登録しておかなきゃいけなかったのか。
ちょっとショック。
「あ、でもこれ、一枚で二名様まで利用できるみたいですよ」
「ホントに!?」
太っ腹だな、ポムバ!
「高名瀬さん、お願い! 今日の帰り、ポムバに付き合って! いや、連れてって!」
抹茶の話をしていたら、口が完全に抹茶の口になってしまった。
これは、抹茶シェイクを飲まなければ今日を終われないに違いない。
「鎧戸君。『報恩謝徳』という言葉をご存知ですか?」
受けた恩には感謝の心を持って報いるようにせよ――的な言葉だったっけ?
「『目には目を』みたいな意味だっけ?」
「鎧戸君は、期末までに古文を勉強し直した方がいいですよ」
えぇ~、似たような意味だと思うけどなぁ。
「では、高名瀬さんの分はご馳走させていただきます」
「ありがとうございます」
半額クーポンを使って二本買ったら、定価で買うのと変わらないんだけど……まぁ、高名瀬さんが嬉しそうだし、いっか。
「ふふ、鎧戸君は数学の勉強もしっかりするべきですね」
と、してやったりな顔で言う高名瀬さん。
いや、気付いてないわけじゃないからね?
あなたが丸々得したことと、結局僕が定価分支払うこと。
でもね。
「高名瀬さんと一緒にポムバに行けるなら、シェイクくらい安いもんだから」
一人でポムバに行って定価で買うのと、高名瀬さんと一緒に行って半額で二人分買うのでは、その価値に雲泥の差が生まれる。
一人で定価じゃ、きっと行かないもんなぁ。
なんでだろ?
「それ、は…………つまり」
少々険しい顔をして、高名瀬さんがこちらを見つめている。
……おやぁ?
顔が徐々に赤く染まっていくぞ?
「その……デートの、お誘い、ということ、でしょうか?」
あぁ、その険しい表情って、照れ隠し?
遠慮せずニヤけてくれてもいいのに。
「そうかも」
「――っ!?」
デートでもいいなと思ってそう答えたら、高名瀬さんは顔の温度を一気に上げ、「ばっ!」と顔を背けた。
再びこちらに背を向けて、お弁当の残りを口へと掻き込み始めた。
「……鎧戸君は、やっぱりちょっとチャラいです」
もぐもぐと咀嚼する合間に、声になりきっていないそんなクレームが漏れ聞こえてくるが……背を丸めてぷるぷる震えているその後ろ姿、正直堪んないです。
耳でも見えれば真っ赤だったんだろうけどなぁ。惜しい。
……あ、メガネくいくいした。
やっぱりいいなぁ、高名瀬さんは。