「この抹茶イチゴシェイクのイチゴ抜きって出来ません?」
「すみません、抹茶イチゴシェイク二つで」
カウンターの僕を押しのけて、高名瀬さんが店員さんに注文を告げる。
力強いVサインと共に。
「変な頼み方しないでください」
注文を終えると、高名瀬さんが僕だけに聞こえる声で苦言を呈してくる。
抹茶だけの方が美味しそうなのに……
その後、僕がお金を払っている間に抹茶イチゴシェイクが目の前に置かれ、注文は完了する。
「ねぇ、さっきの人は知り合い?」
「いいえ。どうしてですか?」
「いや、親しげにVサインしてたから」
「二つだと分かりやすく示しただけです。……知り合いがいてもVサインなんかしませんよ、こんなところで」
抹茶シェイクが二つ載ったトレーを持って、ずんずんと店の奥へと進んでいく高名瀬さん。
階段を登って二階へ向かうつもりらしい。
僕が財布をしまっている間に、トレーを持ってくれて、その後「持とうか?」って聞いたら「大丈夫です」とそのまま運んでくれている。
……これは、先に座らねば。
「あっ、あそこ空いてるよ」
と、高名瀬さんを追い抜いて一足先に座席へ座り、高名瀬さんを手招きする。
すると高名瀬さんは予想通りに僕の隣まで来て、座るより前に僕の目の前にシェイクを置いてくれた。
「高名瀬さん、メイドさんみたい」
「は?」
いいよねぇ、美少女に飲み物を持ってきてもらうの。
出来ることなら「どうぞ」とか言って差し出してくれると最高なんだけど、そこまで高望みはしない。
「高名瀬さんみたいな綺麗な人に運んでもらうと、シェイクが一層美味しくなってる気がする」
「……錯覚ですよ、そんなの」
ふいっと顔を背け自分の座る席の前にトレーを置く高名瀬さん。
あ、照れてる。
「高名瀬さん。待って」
照れながら、さっさと座ろうとした高名瀬さんを呼び止める。
可能なら、もう一段階飲み物を美味しくする方法を試してみたい。
「両手の人差し指と親指でハートマークを作って――これが、おいしくな~れの合図だよ」
「しませんよ、そんなこと」
ホワイ!?
「……メイドさんはみんなやってくれるのに」
「どんなお店に通ってるんですか、普段」
「行ったことないから憧れてるんじゃないか。……あ、今度一緒に」
「行きません。お一人でどうぞ」
えぇ~……
「じゃあ、執事カフェなら?」
「…………行きませんよ」
一瞬悩んだね。
やっぱり、高名瀬さんもイケメンには弱いのか。
「面食い」
「そ、それは、鎧戸君じゃないですか」
「うん。だから、高名瀬さんとデートできて嬉しい」
「でぇ…………と、じゃ、ないです、こんなのは」
えぇ~っ!
デートがいいのになぁ。
「僕、憧れてたんだよねぇ、制服デート」
「や、やめてください……っ。自分の置かれた状況が、なんだか恥ずかしくなりますから」
物凄い速度でメガネをくいくいさせて、前髪を揺らす高名瀬さん。
メガネの速度は照れ度に比例するのだろうか。
「あと、浴衣デートも憧れるよね。お祭りとか」
「夏祭りなら、ウチの近所で月末にやりますよ」
「ホント!? それじゃあ――」
「妹と行く約束がありますので」
バッサリだぁー!
じゃあ、なぜ夏祭りの情報を寄越した!?
ガッカリ度が凄まじいよ!
「……浴衣?」
「はい。先日、妹と一緒に買いに行きました」
ホント、仲のいい姉妹だなぁ。
「こっそり覗きに行っていい?」
「やめてください。ストーカーっぽいですよ」
「大丈夫。絶対バレないように覗くから」
「余計怖いですよ。来るなら堂々と姿を見せてください」
「いいの?」
「……へ?」
堂々と姿を見せたら、お邪魔かな~と思ったんだけど。
「それじゃあ、高名瀬さんたちの浴衣を見せてもらいに行くね」
「…………そんな、大したものじゃないですよ?」
「そんなことないよ~。たとえ寿命が減ったとしても見てみたいもん」
「…………」
メガネの向こうから、恨みがましそうな目がこちらを睨む。
でも、ほっぺたが真っ赤だから、そんな視線もくすぐったい。
高名瀬さん、可愛いのに「可愛い」って言われ慣れてないんだよね、きっと。
もしかして僕、めちゃくちゃいい思いしてるかも。
「……じゃあ、わたしたちと会った瞬間から、毎秒寿命が減り続ける覚悟をしておいてください」
「減る速度が想像以上にエグい!? 毒の沼地なの、君ら姉妹!?」
毒の沼地ですら、立ち止まっている間はHP減らないのに。
「……くすっ」
照れてそっぽを向いていた高名瀬さんが、不意に笑い出した。
まゆ尻を下げ、口元を緩ませて、メガネをずらして目尻の涙を指で拭いながらこちらに視線を向ける。
「何の話をしているんですか、こんな場所に来てまで」
「確かに。部室でするようなくだらない内容だね」
「そうですよ」
くすくすと肩を揺らす高名瀬さんを見て嬉しく思う。
高名瀬さんは、今日のこの時間を『特別』だと思ってくれてるんだ。
ちゃんと、デートだって思ってくれているんだな。
でもね、もしそうなのだとしたら――
部室で過ごす二人の時間が『普通』になっているっていうその事実が、何より嬉しいよ、僕は。
「他には、どんなデートに憧れてるんですか?」
「水着」
「聞くんじゃなかったと、激しく後悔しています」
「いや、でも! マンガだと定番でしょ!? 抜き打ちでプールに誘っても、ためらいなくビキニを披露できるヒロインたち」
「現実は、一ヶ月単位の準備期間が必要になりますので、間違っても急なお誘いはしないでくださいね」
そこはマンガのようにはいかないのかぁ。
「あと、私服デートもいいよね。制服姿しか知らないクラスメイトの私服って、なんだかときめく」
「制服デートに、浴衣、水着、私服…………鎧戸君は、デートをしたことがないんですね?」
ご明察!
なのでシチュエーション云々以前に、デートに憧れてました!
そう、昨日までは!
「でも、今日が初デートだから」
夢が一つ叶っちゃった。
「……そういうこと、面と向かって言わないでください。わたしじゃなくても照れますよ、そんなの」
俯いて、上目遣いでこちらを睨む。
それ、狙ってやってるなら、あなたは歴戦の恋愛ハンターですよ。
さすが名狙撃手。
クリーンヒットしちゃってます。
「ポテト、ご馳走します」
不意に立ち上がり、振り返る高名瀬さん。
「鎧戸君にとっては、喜ばしい記念日らしいので」
と、顔を背けているが、首筋も耳も真っ赤だ。
おそらく、一階に降りてちょっと気持ちを落ち着けたいとか、そんなところだろう。
「でも、ポテトって高くない? シェイクは半額クーポンがあったけどさ」
「大丈夫です。ポテトのLサイズは八割引クーポンがありますので」
「この店潰れない?」
値引きし過ぎだと思う。
それか、値引きすることが前提の価格設定なのか。
「それじゃあ、お言葉に甘えて、ポテトを二つ」
Vサインを高名瀬さんに突きつけると、高名瀬さんが「二つ?」と小首を傾げた。
「話を聞く限り、高名瀬さんもこれが初デートのはずだから。一緒にお祝いしよう」
「…………っ」
指摘され、先ほどよりも一層顔を赤くして――
「大きなお世話です」
――と、高名瀬さんは足早に階段を駆け下りていった。
わぁ、なんだろう。
この空気、シェイクみたいにあまぁ~い。