「クーポンが、二名様まででしたので。他意はないです」
と、ポテトのLサイズが二つ載ったトレーをテーブルに置いて着席する高名瀬さん。
なんですか?
あなたは僕の表情筋を酷使する使命でも負って生まれてきたんですか?
にやにやし過ぎて、ちょっとほっぺた筋が痛いよ。
「に、にやにやしないでください。没収しますよ!?」
ポテトのL二つを一人で食べるのは大変だからやめた方がいいと思うけど。
「わたしは常々思っているんです。ポムバのポテトが一番であると」
言って、すっごい長いポテトを幸せそうに食べる高名瀬さん。
端っこからもくもくと齧っていく様は、ハムスターやモルモットのようだった。
「高名瀬さんって、ハムみたいだね」
「ポテトが食べにくくなるような悪口、やめてくれますか?」
わぁ、すごく冷たい目。
「違うよ? ボンレスじゃなくて、ハムスター。食べ方が、ね?」
「なら、ハムスターと言ってください。ハムって…………先日妹に、丸くなったと言われて気にしているんですから」
気にしてるのにポテトのLを食べながらシェイクを飲んでるのか。
「全然そんな風には見えないけどなぁ」
「男性のそういう発言はデリカシーに欠けると自覚してください。罰として一本没収です」
と、僕のポテトから一本強奪していく高名瀬さん。
「丸くなったんじゃなくて、胸が大きくなったんじゃない?」
「四本没収です」
と、比較的長いポテトばかりを四本強奪していく高名瀬さん。
……本当にちょっと丸くなった説、あるな、これ。
妹さんくらい毎日一緒にいると気が付ける程度には。
「あ、それでさ。モンバスって、スマホで出来るの?」
「出来ませんよ」
「パソコンでは?」
「ゲーム機本体が必要です」
あぁ、そういうゲームなんだ。
「ゲーム機、買わなきゃね」
「そうですね。……結構高いですよ?」
「まぁ、そこは問題ないよ」
ウチの両親は、子供たちを放置しているという負い目でもあるのだろうが、お小遣いを結構な額振り込んでくる。
正直、「金銭感覚大丈夫か?」とこちらが心配してしまうほど。
姉に、「あるからと言ってそれに溺れないように!」ときつく言いつけられているので、おそらく僕の金銭感覚は狂っていないと思う。
でも、必要な物を買い渋るようなことはしない。
「高名瀬さんとゲームの話ももっとしてみたいし、教えてくれる?」
「ゲームの話を、ですか?」
「うん。まぁ、知識のない初心者が相手だと、ストレス感じるかもしれないけど」
「そんなことはありません。こう見えて、わたしは初心者に物を教えるのが得意であると自負しています。必ずや、鎧戸君を一流のモンスターバスターに育て上げてみせましょう!」
御岳連国君に伝えた師弟関係がひっくり返ってるな。
ボロが出ないように気を付けないと。
「これからは、わたしのことを『師匠』と呼んでください」
ボロ出しそうだな、この人。
「学校では、僕が師匠だからね?」
「……オタケ君の前でだけ、ですよ」
そんなに僕を師匠と呼ぶのが苦痛なの?
で、オタケ君って呼んじゃってるよ。
「あぁ、そうだ。御岳連国くんと言えば」
ずっと気になってたことがあったんだよね。
「『4ナンバーズ』って、なに?」
なんとなく、物凄く誇りを持っている様子だったけど。
「モンスターバスター――モンバスには、現在600万人のプレーヤーがいると言われています」
「すごい数だね」
「世界中にいますからね。日本だけだと140~150万人というところでしょうか」
それでもすごい数だ。
「その600万人の中で、ランキング1000位から9999位までの人が4ナンバーズと呼ばれているんです」
「それってすごいの?」
「一桁分下位の5ナンバーズになれれば動画配信でファンが数十万人つくと言われています」
「そのさらに上の階級なんだね、4ナンバーズ」
「一流プレーヤーと言われていますね、4ナンバーズは」
つまり、御岳連国君は、かなりうまいプレーヤーというわけだ。
「じゃあ、3ナンバーズや2ナンバーズともなると、凄まじいことになるんだね」
「三桁のプレーヤーは『ハンドレッド』、二桁は『ダブル』、一桁のトップランカーたちは『シングル』と呼ばれています。中には、彼らを神格化して崇めているプレーヤーもいるくらいなんですよ」
それはなんというか……凄まじい世界だな。
「それで、高名瀬さんはそこで優勝したんだから相当上位のプレーヤーなんだよね?」
「まぁ……それほど大したものではありませんが――」
高名瀬さんは少し長めのポテトを口へ放り込み、人差し指、親指を舐めて、こちらへ視線を向ける。
「――ランキング第一位です」
「トップランカー!?」
それも、トップ集団じゃなくて、正真正銘のトップ!?
うわぁ、すごいドヤ顔。
あぁ、そうか。
ゲーマーであることは秘密だから、今まで誰かに自慢することができなかったんだね。
「すごいね」
「まぁ、多少は、努力をしましたね」
自慢が、謙遜を上回っちゃったね。
「ちなみに、ランキング一位の人って特別な呼ばれ方してるの?」
シングルと呼ばれるトップランカーの中でも、特別な存在だろう、第一位ともなれば。
「そうですね。かつてはキングやクイーンと呼ばれていましたが、わたしが一位になってからは――魔王――そう呼ばれています」
ドヤァ!
うん、物凄い、ここ一番のドヤ顔が炸裂してる。
嬉しいんだね。
一位になれたこと、そして、それを誰かに自慢できたことが。
僕でよければ、心からの称賛を贈らせてもらいますよ。
「じゃあ、そのスマホケースは、高名瀬さんの努力が認められた証なんだね」
「そうなんです! しかも、わたしのプレイがきっかけで、魔王デスゲート・プリズンコラボが実施された特別な大会での優勝なんですよ! 一生の宝物なんです、これは!」
あぁ、うん、分かったよ。
だから、何があろうと、どんなリスクがあろうと、そのスマホケースは外せないんだね。
……ま、その結果、今こういう問題に直面しているんだけど。
でもまぁ――
「それに、魔王デスゲート・プリズンがもう一度世界に認識されて、嬉しいんです」
――高名瀬さんがこんなにいい顔で笑うなら、この程度の問題、どうということはないかなって気になってきたよ。