「軽くプレイしてみますか?」
「いいの?」
「わたしのキャラになりますけど」
セーブデータがいくつかあって、家族みんなでシェアする――なんて時代ではないようで、一本のソフトに一つのデータを保存し、個人がとことんまで突き詰めてプレイする感じらしく、「じゃあ一回はじめからやってみるね」なんてことはできないらしい。
「え~っと、まずは………………電源の入れ方が分からない」
「お祖父ちゃんですか?」
失敬な!?
初めて触る機械って、たいていそんなものでしょう!?
「ここをこうして……ちょっと待ってくださいね」
身を乗り出して説明しようとした高名瀬さんだったが、見難かったのか席を立ち、テーブルを回って僕の隣の席へと腰を下ろす。
「ここを長押しして、あとは画面の指示通りに――」
隣の席から身を寄せ、僕の手の中にある小さなゲーム機の画面を覗き込む高名瀬さん。
……近いっ!
そしてちょっと甘い!
「……聞いてますか?」
「ごめんなさい。高名瀬さんから甘い香りがして、それどころじゃなかった」
「かっ、嗅がないでくださいっ!」
バッと、体を離す高名瀬さん。
髪を押さえて恨みがましそうにこちらを睨んでくる。
髪を押さえたということは……
「チョコレートの香りのシャンプー使ってる?」
「そこまで食いしん坊じゃありません」
いや、そこまでレベルの食いしん坊だとは思うけどね。
「……じゃあ、汗の香りか」
「汗腺から排出されるほどチョコレートばっかり食べてませんよ。……変なこと言わないでください」
のけぞらせた体をキープしたまま、椅子を少し遠ざける高名瀬さん。
あぁ……距離が離れていく。
「あ、始まった」
高名瀬さんと話をしている間に、ゲームの画面が表示される。
おぉ、このBGM、さっき高名瀬さんが吹いてた口笛の曲だ。
……やっぱりか。予想通りか。
「で、スタート?」
「はい。プレイを再開するとグルドバの街にいると思いますので、とりあえずそのままの装備でアーザレッド渓谷へ行きましょう」
「地名で言われても分かんないよ」
「とりあえず、街を出て北です」
「街を出て北、ね」
『+』の形をした『プラスキー』を操作して街を出……街を…………街………………
「出られません」
「なんで街の中で迷子になってるんですか……こっちに進んでください」
高名瀬さんのナビに従い、広い街の中を移動する。
すごくリアルな街並みが画面に表示され通り過ぎていく。
すごいなぁ、最近のゲームは。
まるで映画だ。
「あ、このキャラ可愛い」
「魔王が街の花売りをナンパなんかしないでください。鎧戸君は今、魔王デスゲートなんですからね?」
キリッとした顔で注意をしてくる高名瀬さん。
そうだった。
今の僕は魔王デスゲートなんだ。
このゲーム、キャラクター視点だから、自分の姿が確認できないんだよね。
「ステータスウィンドウを開くと全身のグラフィックを確認できますよ」
高名瀬さんの指示通りにステータスウィンドウを開くと、そこには黒く禍々しい鎧を身に纏った筋骨隆々の厳つい男の立ち姿が表示されていた。
「ゴツい!」
「はい! 可能な限り魔王デスゲートに似せてビルドしました!」
自分が使うキャラクターを、いろいろなパーツを組み合わせて作り上げることをキャラメイク、またはビルドという。
……すっごいこだわったんだろうなぁ、きっと。
あぁ、なるほど。
デスゲートの髪型がなかったから、フルフェイスの兜を被って隠してるのか。
「では、外に出てモンスターをバストしてみましょう!」
「……バスト?」
自然と視線が……
「違います! 狩りますよ!?」
わぁ、怖い。
胸元の大きな膨らみを腕で隠しつつ睨んでくる高名瀬さんが、同じスペルだが違う方の意味を教えてくれる。
「『Bust』の動詞、破壊するとか打ち破るという意味です」
「あぁ、モンスターバスターの?」
「はい、名詞ではなく動詞としてのBustです」
バストするからバスターなのね。
なるほど。
……だって、高名瀬さんがバストとか言うから。
そっかそっか、打ち倒すって意味のバストか。
「じゃあ、高名瀬さんはバストで一番なんだね」
「賠償を請求します」
と、僕の財布を強奪し一階へ向かう高名瀬さん。
きっとハンバーガーセットでも買ってくるつもりなのだろう。
まぁ、それくらいは甘んじて受けましょう。
本人が納得しているので犯罪ではない。――抵触はしそうだけどね。
高名瀬さんが戻るまでの時間、僕は比較的真面目にゲームをプレイしてみた。