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53 行きつけの店

 高名瀬さん行きつけのゲームショップは、古式ゆかしい、趣のあるアーケード街の一角にひっそりと軒を連ねる小さなお店だった。


「店長さん、ご無沙汰してます」

「おぉ、嬢ちゃんか」


 すっかり顔馴染みになってるし。


「二週間ぶりだねぇ~」

「ご無沙汰してないじゃない」

「挨拶にいちいち突っ込まないでください」


 どんだけ入り浸ってるの?


「おや、嬢ちゃんの彼氏かい?」

「ち、違っ、そういうんじゃないです!」


 あぁ、顔見知りのオジサンあるあるだね。

 知り合いの子が異性を連れていると、絶対そういうこと言うんだよねぇ、オジサンやオバサンって。


「彼がモンバスを始めるので、本体とソフトと、あと初心者セットを一式用意してください」

「おぉ、ご新規さんか! ようこそ、モンバスの世界へ、ってな! ちょっと待ってな」


 陽気なオジサンがカウンターを出て僕の隣をすり抜けていく。

 すり抜け様、「いい子だから、大切にしてやんなよ」と耳打ちして。


「もうっ、違うって言ってるのに……。気にしないでくださいね」


 結構な声量で行われた内緒話は、高名瀬さんの耳にもしっかりと届いていたらしく、頬を赤く染めて頬っぺたを膨らませている。


「随分と可愛がられてるみたいだね」

「からかわれているだけです」


 高名瀬さんに恨みがましい目で睨まれているお店のオジサンは、店内をくるくる回ってあれやこれやと商品を棚から取り出している。

 初心者セットって言ってたし、付属品がいくつかあるのかな?


 そういえば、晴天堂アタッチは、アタッチメントがいくつも発売されていて、いろいろ取り付けてカスタマイズすることで性能がどんどん増していくゲーム機だったっけ。

 なので、アタッチメントから名前を取ってアタッチって名付けられたとかなんとか。


 そんな、移動するオジサンを見るとはなく目で追っていると、ふと天井近くの壁に貼られた無数のサイン色紙が目に留まった。


「結構サインを飾ってるんだね」

「このお店って、すごくレトロなゲームとかグッズも売っていて、店長さんのユニークさと相まって、動画配信者の人がよく撮影に来るそうですよ」

「あぁ、動画配信者のサインなんだ」


 どれもこれも知らない名前ばっかりだな~なんて順番に眺めていると、カウンターの傍、一番目立つ場所によく見知った名前のサインが額に入れて飾られていた。




『デスゲート・プリズン』





「なにサインしてんの!?」

「いえ、これには深いわけがありまして!」

「正体隠す気、実はないでしょ!?」

「このお店だけは特別なんです! 絶対誰にも口外しないと約束もしてもらっていますし!」


 このお店の店長さんは、モンバストップランカーの正体を知る人物の一人らしい。

 他に何人かいそうだなぁ、正体を知る者。


「聞いてください。アレは仕方のないことだったんです」


 高名瀬さんの釈明によると、くだんの世界大会が開催される前、参加者を募る特大の告知ポスターがゲームショップに張り出されたらしい。

 往年の名作と現代のヒット作のコラボレーションということで、かなり力の入ったそのポスターはネットオークションにおいてかなり高額で取引されるくらいに価値のあるもので、一般人でそれを入手するのはかなり困難、不可能に近かったのだという。


「そこで、約束したんです。わたしがその世界大会で優勝したら、そのポスターをください――と!」


 で、見事世界大会を優勝した高名瀬さんは約束通り、その特大ポスターをゲットし、約束を守ってくれた店長のオジサンに頼まれてサインを書いたのだという。


「かなり無茶なわがままを聞いてくださったわけですので、恩には報いたいなと思いまして……まぁ、急にサインと言われて困ってしまいましたけれどね」


 照れ笑いを浮かべ、頬を押さえる高名瀬さん。

 困ってしまった、なんて言ってるけど…………めっちゃしっかりしたデザインで、明らかに手慣れた筆致なんだけど?

 確実に数年単位で練習してたよね、あのサイン?

 思い付きで書けるサインじゃないよ、あの完成度!


「すごい厳ついサインだね」

「魔王ですから。それに、正体を隠す以上、性別も分からない方がいいと思いまして」


 正体を秘匿したいなら、書かないのが一番なんだよ?

 あと、自分から名乗り出ないこと。ね?


「それで、今そのポスターは?」

「わたしの部屋の壁に貼ってあります。公式による新規描き下ろしのデスゲート・プリズンが見られるなんて……幸せですよね」


 本当に幸せそうに微笑む高名瀬さん。

 この顔を写真で見たなら、恋に憧れる少女のような可愛らしさを感じるんだろうけれど……部屋に行ったら魔王が「どーん!」っと壁一面に貼られてるわけか……

 高名瀬さんのお部屋はきっと、僕が想像する女の子っぽいお部屋とはかなり違う感じなんだろうなぁ。


「ほい、お待たせ」


 高名瀬さんと話している間に、店長のオジサンが初心者セットを集めてきてくれた。


「――って、多いな!?」

「まぁ、デスゲートについて行こうとするなら、これくらいは最低限そろえとかないとな」


 なんでも、アタッチ本体だけでもプレイはできるが、これらの付属品が揃っていないと高ランカーにはなれないということで、ガチでやり込みたい人にはこれら一式をお勧めしているらしい。


「御岳連国君も持ってるかな、これら?」

「4ナンバーズであれば、確実に持っていると思います」

「高名瀬さんも?」

「わたしはさらにカスタマイズしています」


 マジだな、この眼。

 あ、語りたそうにしている。

 そうか、これが初心者セットなのか。


「……椅子があるんだけど?」

「この椅子、すごいんですよ。これらすべてのアタッチメントが装着できて、座り心地も最高なんです。この椅子があれば三十時間連続プレイも余裕です!」


 うん、高名瀬さん。

 寝ろ?

 ね?


「とりあえず、量が量なので姉の許可を取ります」


 買えなくはないが、かなり量が多いので、一応保護者の許可を得ておこうと思う。


 購入予定の商品をスマホで撮影して画像を姉に送信すると――



『あははっ、多っ! めっちゃ面白い! いいよ、あたしが買ったげよう』



 ――と、返信が来た。

 そういえば、姉はこういうのが好きな人だった。

『和太鼓の名人』の専用コントローラーとか、『電車でGoing!』のコントローラーとか、絶対買ってたっけ。


「姉が、車で迎えに来てくれるそうです」

「それじゃあ、今日からプレイできますね」

「接続するだけで夜が明けそうだけどね」

「では、この後接続をしに――」

「さすがに、連日遅くまで連れ回すわけにはいかないよ。また今度よろしくね」

「そう、ですか。……では、キャラメイクをして軽く操作に慣れておいてください。明日のお昼休みから特訓開始ですからね」


 と、本体とソフトを僕の手に持たせる。

 そうだよね。

 まずは基本プレイに慣れなきゃね。

 付属品はその後で十分だ。


「あ、それで、支払いの時にこれを使ってください」


 そう言って手渡されたのは、このお店で使えるという90%OFFクーポン券だった。


「店長、割引過ぎじゃない!?」

「それ、サインのお礼も兼ねてるんだよ」


 デスゲート・プリズンのサイン効果で、マニアなファンの来店が増えたそうで、それくらいサービスしても痛くもかゆくもないのだそうな。

 な、デスゲート。


「お会計、88000円の90%OFFで8800円……だけど、お嬢ちゃんの彼氏さんだから2000円でいいや」

「安っ!?」


 どんぶり勘定にもほどがある。


「彼氏じゃないので、わたしが6800円出します!」という高名瀬さんの必死の訴えは、彼に却下された。






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