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54 甘酸っぱい味

「えぇ~、なに? もう買っちゃったの?」


 少しして到着した姉が財布を握りながら不服そうに唇を尖らせる。

 なので、ここに至る経緯を掻い摘んで説明した。

 デスゲート・プリズンの正体と、それに関連してクラスメイトの男子とゲームをプレイすることになったことも含めて。


 高名瀬さんの了承を得て、姉にも正体を告げておいた。

 いざという時、大人の力で何かしら言い逃れが出来るかもしれないから。


「ポーちゃん、大物じゃ~ん!」

「いや、大したことは……」


 謙遜する顔も、どこか誇らしげに。


 けど、高名瀬さんのおかげで、88000円が2000円になったんだから、これは物凄いことだと思う。


「よっ、86000円の女!」

「その言われ方は微妙です」


 そうか。

 だめかぁ。


「じゃ、荷物の積み込みが終わったら帰ろっか」

「…………はい。そうですね」


 姉の言葉に、高名瀬さんの表情が一瞬曇る。


 あ、そうだ。

 パスケース。


 姉には先に帰ってもらって二人で見に行くか……でも、もう時間も時間だし……

 そうだ。こういうお店って、案外パスケースとか置いてたり……あった。


「高名瀬さん。こっち」

「へ?」


 高名瀬さんの腕を引き、グッズ売り場へと向かう。

 ゲームキャラのフィギュアや、ほこりをかぶったボードゲームなんかが並ぶ一角に、パスケースが売っているコーナーがあった。

 レトロゲームのパッケージを模した物や、有名なお菓子のパッケージを模した物、キャラモノや高名瀬さんのスマホケースのような何かをイメージして作られているっぽいデザインのものまで、種類が結構多い。


「こ、これは……もしかしてモンバス初期の『智龍サーディアス・レヴィンズ』のモチーフパスケースでは……!?」

「うん。それを使うとゲーマーだってバレるから、没収」

「あ、あのっ! 使わないので、購入だけ!」


 使わない物買ってどうするのさ?


「あ、高名瀬さん。チョリッツのパスケースがあるよ」


 高名瀬さんの大好物。

 チョリッツのパッケージを模したパスケースを手渡すと、高名瀬さんが分かりやすく頬っぺたを膨らませた。


「鎧戸君は、わたしを食いしん坊だと思っていませんか?」


 えぇ、思っていますが?

 っていうか、君は、食いしん坊なんだよ?

 自覚しようね。


 何が不服なのか、高名瀬さんはチョリッツモデルのパスケースを棚に戻し、智龍ナントカかんとかのパスケースを手に取ろうとする。

 だから、ダメだっつーのに。


「あっ、高名瀬さん。イチゴチョリッツがあったよ」


 これなら、ピンクだしイチゴだし、可愛いでしょ?

 こっちにしなさい。ね?


「これ、僕のお勧め」


 だから、そのドラゴンっぽいウロコの模様のパスケースを手放す!

 戻すの!

 めっ!


「……イチゴ、チョリッツ」

「うんうん。これ、美味しかったよね。最近、なんでか売ってないけど」


 たしか、僕が小学生の時は結構見かけたんだけど、最近はまったく見かけなくなった。

 イチゴ味なんて、定番中の定番だと思うけど。

 思いのほか売れなかったのかな?


「これを……わたしに、ですか?」

「うん。是非使ってほしいな」


 精一杯プレゼンする僕の顔を、高名瀬さんはじぃ~っと見つめる。

 見つめて、みつめて……ちょっと不服そうな顔をした。


 あれ?

 なんだろ?


「分かりました。では、そちらを……プレゼント、してくださるんですよね?」

「うん。約束だからね」

「……そうですか。では、ありがたく」


 呟くように言って、ドラゴンっぽいパスケースを棚に戻す高名瀬さん。

 よし。これでゲーマーっぽさはなくなった。

 よかったよかった。


「荷物、積み込んでおきましたよ」

「あ、店長さん。これも売ってください」


 荷物の積み込みをしてくれていた店長のオジサンが戻ってきたので、イチゴチョリッツのパスケースをオジサンに渡して清算してもらう。


「わっ、懐かしっ」


 パスケースを見た姉が瞳をきらめかせて、口元をゆるんっと緩める。


「プレゼント?」

「うん。可愛いでしょ?」

「だねぇ~。ポーちゃんにはぴったりだよ」

「あ、あのっ、わたし、外で待ってますね」


 姉に視線を向けられた高名瀬さんは、一足先に店を出て行ってしまった。


「ほい、ラッピングしといたよ」


 綺麗にラッピングされたパスケースを受け取る。


「じゃ、渡しといで」


 トンっと僕の背を押す姉。

 その姉の顔が、妙にニヤニヤしていたのが引っ掛かったが、外で待つ高名瀬さんの元へと向かう。


「お待たせ。はい、これ」


 ラッピングされたパスケースを見て、高名瀬さんが目を丸くする。

 ラッピングはさすがに驚くよね。ちょっと大袈裟だし。


「あ、あの……ありがとうございます」


 両手で受け取り、高名瀬さんは俯いてしまう。


「…………」


 俯いて、黙る。


「…………」

「……気に入らなかった?」

「いえっ!」


 慌てた様子で持ち上げられた高名瀬さんの顔は、なぜだか真っ赤だった。


「……使わせて、もらいます、ね」

「う、うん……?」


 なぜ、そんな仰々しく?

 ただのパスケースだよ?


「あ。姉に送らせるから乗って」

「いえっ! ……今日は、電車で」

「でも」

「家も、近いので!」


 高名瀬さんの家は、この駅の一つ隣だったはず。


「では、また、明日、学校で!」


 片言な挨拶をした後、ぎくしゃくとした動きで歩き出す高名瀬さん。

 …………なんだ?


「ちゃんと渡せたか、少年?」


 ぽんと、姉の手が肩を叩く。


「じゃ、帰ろうか」


 軽やかなウィンクを飛ばす姉に従い、助手席に乗り込む。

 後部座席が荷物でぎっちりだ。椅子、あるからね。


「ちなみにさぁ」


 ある程度車を走らせた後、姉がこんなことを聞いてくる。


「イチゴのチョリッツ。何味か知ってる?」


 イチゴのチョリッツが何味か、って?


「イチゴ味じゃないの?」

「そっか、覚えてないかぁ。シュウ、小学生だったもんねぇ」


 からからと笑い、当時のことを話してくれる。


「あれさ、バレンタインに対して、イマイチ盛り上がらないホワイトデーを盛り上げようって企業が仕掛けた商品でさ、イチゴの甘酸っぱさを強調した『初恋味』なんだよ」

「初恋味?」


 甘酸っぱいから?

 いや、イチゴ味でいいだろうに。


「それで、バレンタインに女の子から告白するだけじゃなくて、男の子もこのチョコを好きな女の子にプレゼントして告白してね~って大々的に宣伝してたんだよ」

「そうだっけ!?」

「そうだよ。でもさ、男の子ってそういうのしないじゃん?」


 そりゃそうだ。

 甘酸っぱい『初恋味』のチョコを好きな女の子にプレゼントして、「これが、俺の初恋の味だから」って?

 しないよ、そんなの!


「大々的に宣伝したのが裏目に出てね、普通に買うだけで『あ、お前、まさか?』って言われてからかわれちゃうって、売り上げ伸びなかったらしくてさ、三年で販売中止になったんだよ」

「企画部、大失態だね」

「でも、当時小中学生だった女の子は、みんな憧れてたんだよ~。初恋味のチョリッツをプレゼントしてほし~って」

「へぇ~、知らなかった」

「まぁ、シュウはそういうの、興味なかったもんねぇ~」


 当時小学生だった女子って、高名瀬さんはその世代か。

 じゃあ、高名瀬さんも憧れたりしたのかな、初恋味チョリッツ。


 それを、パスケースとはいえ、……プレゼントしたな、僕!?


「あれ!? 僕、もしかしてとんでもないことしちゃった感じ!?」

「あははっ! 明日会うのが楽しみだね~」


 こいつ……

 この姉め……

 それを知っていて止めなかったな!?


「……姉め」

「こらこら、本人の前で陰口を叩くな」


 けらけら笑う姉の声を耳に、僕は何とも言いようがないむず痒さを味わいながら、帰宅した。






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