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わたしが小学生のころ、『甘酸っぱい初恋味のチョコレートで好きなあの子に告白しよう』というCMをよく見かけた。
小学生向けのアニメやバラエティ番組の時間帯に幾度となく流れたそのCMでは、わたしと同じくらいの年頃の女の子が、クラスの男子から「これ、やる」とピンクのチョリッツを渡されて、一本食べて「甘酸っぱい」ってにっこりとほほ笑む。
すると、その男子が「それ、俺の初恋の味」って言い残して走り去ってしまう。
取り残された女の子は、もう一本チョリッツを食べて「……甘酸っぱい」って呟く。
そんな内容で、当時そのCMを見ていたわたしは、その何とも言えずむずがゆくなる淡い恋模様に憧れ、「いつか、わたしも素敵な男の子に初恋味のチョリッツをプレゼントされたいな」なんて思っていた。
…………もらってしまった。
パスケースだけれど。
パスケースだとはいえ。
「……初恋味だ」
家まで持ち切れず、駅のホームでラッピングを綺麗に解き、プレゼントされたばかりのパスケースの裏面を見る。
そこにははっきりと『初恋味』と書かれていた。
懐かしい、幼い日に憧れたCMの通りの文字で。
ただ、宣伝の仕方というか、ターゲットを小中学生男子に絞った戦略が裏目に出て、この初恋味チョリッツは「男子が買うとからかわれるお菓子」というイメージが付き、女子でも「あいつ、もらえないから自分で買ってんぞー!」とからかわれてしまうため非常に買いにくい物になってしまった。
その結果、販売から三年を待たずに販売は中止。
以降、その製菓メーカーはこの手痛いミスを封印するかの如くイチゴ味を頑なに発売しなくなってしまった。
ご当地チョリッツとか言って、いろんな味を発売しているのに。
……栃木とか、何味なんだろう?
イチゴ、だよね?
あまおうの福岡は?
今度、鎧戸君に聞いてみよう。
……鎧戸君。
わたしに『初恋味』チョリッツをくれた鎧戸君。……パスケースだけれども。
「きっと、意味なんて知らないんだろうなぁ……」
何か他意があるのかと表情を観察してみたけれど、何の反応もなかった。
きっと、わたしが食いしん坊だと勘違いして、「お菓子だから嬉しいでしょ?」とか思っていたんだ。
あの顔は、きっとそういう顔だ。
「……鎧戸君め」
無暗に乙女の心をかき乱して……賠償が必要ですよ、これは。
あぁ、でも、ササキ先生はきっと意味を分かってるよね。
そんな顔してたし。
……あんなニヤけた目で見ないでください。……もう。
きっと、帰りの車の中で『初恋味』の意味を聞かされているんだろうな。
そしたら、鎧戸君は明日、どんな顔をするんだろう?
『あ、あのっ、あのね! 他意はないからね!? 僕は純粋に、イチゴだし、ピンクが可愛いかなって思って! 本当だからね!?』
……って、慌てて弁明するだろうか。
それとも。
『あはは。なんか、そのチョリッツって、いろいろ曰くがあるみたいだね。もし高名瀬さんが嫌だったら使わなくてもいいよ。また別のヤツ探しに行こうね』
……って、こちらを気遣うだろうか。
なんとなく、そんなことを言いそうだな、鎧戸君だったら。
じゃあ、言いそうにないことって、どんな感じだろう?
『高名瀬さんはそのチョリッツの意味を知ってるよね? じゃあ、そのパスケースを使ってくれているってことは――僕の思いを受け入れてくれたって、そう解釈してもいいのかな?』
「あははっ、ないない!」
ないって!
ないから!
落ち着いて、心臓!
『僕、そのチョリッツ食べたことないんだよねぇ。どんな味だったのか気になるなぁ。……だからさ、教えてよ。高名瀬さんの、その唇で――』
「ストップ、わたし!」
……浮かれている。
今日、なんだかずっと浮かれている……
「……は、初デート、だったから、か?」
制服デートに憧れていたと、鎧戸君は言っていた。
そんなもの、こっちだってそうだ。
それが思いがけず実現し、しかも、子供のころ焦がれるほどに憧れていたシチュエーションを、形は違えど実現してくれた。
「……とはいえ、浮かれ過ぎだ、わたし」
羞恥のあまり両手で顔を覆うと、右手に持ったパスケースが額に当たる。
……初恋味。
「…………甘酸っぱい」
あのCMの女の子は、こんな気持ちだったのだろうか。
……よかった、小学生のころに体験しないで。
こんなの、子供のころだったら制御できたはずがない。
今ですら、ヒザが震えて立ち上がれないというのに。
それからわたしは、二本電車を見送って、三本目の電車で何とか帰路に就いた。
家に着くと、「お姉ちゃん、最近帰りが遅い!」と頬っぺたをぷっくり膨らませて怒る妹に出迎えられ、わたしは妹のご機嫌を取るためにスプラッシュタウン世界大会上位入賞者に贈られた『キングスプラッシュ』のパスケースをプレゼントした。
ずっと羨ましがって、ずっと欲しがってたもんね。
これはあげられないと、思っていたけれど……
「いいの?」
「うん。お姉ちゃん、もうそれを使わないから。大切に使ってね」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん! 大好き!」
ぱぁっと咲いた妹の笑顔を見て、わたしは満たされた気持ちになった。
これは、鎧戸君にお礼を言う案件だろうか……あっ。メッセージアプリのID聞いてない。
「もう……詰めが甘いです、鎧戸君」
お礼が言えないじゃないですか。
まったく、鎧戸君は…………まったく、もぅ。