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第五節

 「にしても」


 一言、武器の手入れをしていた戦士がポツリと呟き、ギルド食堂のテーブルに足を乗せる。


 「黒薔薇の血霧城だっけ? 何時ぶりだよ、新しい不死者の討伐依頼が張り出されたのって。前は確か……十年くらい前だったよな?」


 「水底のカミナギのことか? アレも結局今日まで討伐出来ちゃいないし、今回もなぁなぁで終わるだろ。結局はアレだな、アレ……市民意識の安寧化だっけ? お偉いさんがよくやる不安払拭の方法だよな」


 「違いねぇや、俺達にゃ関係の無いことだし、凡人は低リスクで実績を積む。それが賢いやり方だろうなぁ」


 銀のプレートを首から提げ、厭味ったらしく笑い合った二人の冒険者は酒を呷る聖職者へ視線を向け、静かに首を振る。


 中位冒険者となるには実績とある程度の金が必要だ。獣の討伐から遺跡探索、未探索地域の調査等々……。命を張る為に金を情報屋へ支払い、必要な道具を買う為に更に金を積む作業。その金を用意する為に中位となれば下位へ仕事を横流しにし、仲介料と称して少なくない金額を掠め取る。


 何処に行っても、何をするにも金の問題ばかりが付き纏う息苦しさ。広大な世界を文字通り“冒険”と称して歩き回る者などかなりの物好き……変わり者と奇異な目で見られる始末。


 結局のところ冒険者と呼ばれる職業は個人事業主、彼等を統べるギルド連合の下請けに過ぎないのだ。


 「そういやぁ」


 「あぁ?」


 「銀眼のアエリエル、大陸東の魔族を一人で殺したらしいぜ」


 「そりゃぁお前、アイツは規格外だろうよ。上位二級だろ? いやー流石は化け物様だわ。俺には無理だね、死にたくねぇもん」


 「どーかん。こうやって変わんねぇ毎日を過ごして、ダラダラ生きるのが性に合ってんだよなぁ」


 クツクツと卑屈な笑みを浮かべ、ギルドの受付を一瞥した男は僅かに残った酒を一気に呷る。


 「さぁて、仕事でもするかね」


 「なんだ? 下位に仕事でも教えてやるのか?」


 「そうとも、これぁ人助けだからな。なーんにも知らねぇ馬鹿に現実を教えてやる。勉強料なんだよ、仲介料ってのはな」


 「つくづく思うね、全く俺等は善人だって」


 受付で右往左往する若い冒険者を一瞥し、椅子から立ち上がった瞬間、ギルドの扉が木っ端微塵に吹き飛ばされた。


 「だぁからそんなに心配するなよクロウ、上手くやるからさ。俺ぁこう見えて結構お話が上手いんだぜ?」


 「ダ、ダァトさん、幾らなんでもコレはやりすぎですって!」


 「やり過ぎな位が丁度良いんだよ。インパクトってのぁ大事だからな」


 黒鉄の全身甲冑を着込み、腰に腐った鞘を吊るした大柄な剣士が目を丸くする中位冒険者を押し退け、依頼掲示板を一瞥すると迷い無く不死者討伐状を引き剥がす。


 「誰だアイツ……見ねぇ顔だな」


 「おい、不死者討伐依頼を受けるつもりだぜ? 死にてぇのか?」


 「……待てよ、アレ、あの首に下がってるプレート……上位冒険者のモンだぞ⁉ しかも……一級だ!」


 「ハァッ⁉ 待てよ、冒険者ギルドの最高位は上位二級———アエリエルだろ⁉」


 騒めく冒険者達を他所に、討伐状を受付カウンターに叩きつけたダァトは静かに笑う。周囲の反応を面白がるワケでもなく、彼の瞳はもっと別の何かを見越しているようだった。


 「よぉ嬢ちゃん、不死者討伐依頼……まだ受けられるよな?」


 「あの、貴男は」


 「俺のこたぁどうでもいいだろ? このプレートを見れば分かると思うけどな? あぁ、それと此処の支部長と話しがしたい」


 「支部長は」


 「会わせろって言ってんだよ。十秒以内に呼び出せ。いいな?」


 「少々お待ち下さい、支部長は」


 「待てないねぇ、あのね嬢ちゃん……あんまりこんなこと言いたく無いんだけどさ」


 唇を受付嬢の耳元に寄せ、そっと「今直ぐ全員殺せるんだぜ? こっちは」彼女にだけ聞こえる声で囁き、剣の柄に手を掛ける。


 「———今直ぐ呼んで来ます!」


 「頼むぜ? 俺だって手荒な真似はしたくないからな。あと……中位の雑魚共、四人分の椅子を持って来い。此処に、今直ぐに」


 堂々とカウンターに座り、首の骨を鳴らしたダァトへ一人の男が歩み寄る。


 「おいアンタ、本当に上位一級なのか?」


 「烏目にゃこのプレートの色が分かんねぇみたいだな?」


 「ハッ! どうせ偽物だろ? 何処の錬金工房で造って貰ったよ、中々出来が良いじゃねぇか。んな襤褸甲冑で上位ってのぁ無理があるぜ? 兄ちゃん」


 「そりゃ残念、やっぱ底辺てぇのは塵屑しか見たことがねぇのかい? 可哀想に、哀れったらありゃしねぇ」


 ワザとらしく肩を竦め、溜息を吐いたダァトは見事に研がれた剣を一瞥し、


 「俺に絡むくらいなら鈍らを研ぎ続けろよ。鍛冶仕事しか出来ねぇなら、それがお似合いだぜ? 下位……悪ぃ、中位冒険者クン」


 顔を真っ赤にした男の肩を叩く。


 「……いい度胸してやがる。表でな、叩きのめしてやるよッ!!」


 「今ここでもいいぜ? ハンデだ、俺ぁ此処から一歩も動かない。得物もそうだな……これでいいだろ」


 インク瓶に浸かった羽ペンを抜き、クルクルと回すダァトへ男は剣を抜く。ランプの明かりを反射する手入れの行き届いた刃をヌラりと構え、


 「舐めやがって!! ブチ殺してやる!!」


 「さっさと来いよ、恥知らず」


 彼の首を断ち切る為に、剣を大きく振るった。


 「悪くねぇな、けど……良くも無い」


 羽ペンの先を剣先に向け、力任せに弾いたダァトは欠伸を噛み殺す。目尻に浮いた涙を拭い、体勢を崩した男を蹴り倒し、


 「雑魚じゃねぇな、訂正する。テメェは生ゴミだ。それもとびっきりの、な」


 ペンをナイフのように指先で弾き、男の頬へ突き刺した。


 「お遊戯会で良かったな、えぇ? 別に俺ぁ殺し合ってもいいんだけどよ、先に喧嘩売ってきたのはお前さんだ。どうする? このままヤるかい?」


 「……参った、降参だ。俺じゃ……敵わねぇ」


 「あっそ、どうでもいいや。にしても……遅いじゃねぇか、上位一級を待たせるってのぁどういう了見だ? 豚ァ」


 真紅の瞳が脂汗を滝のように流す支部長を見据え、獰猛な殺意を宿す。


 「あ、いえ、私にも仕事というモノはありまして……」


 「仕事ぉ? へぇ、どんな?」


 「それはその……あ、申し遅れました、私冒険者ギルド・エルサ支部部長のコルドリオ・ノーマンと申し」


 「社交辞令は必要ねぇんだよ。おい豚、十秒以内に来いって言ったよな? それに何だ、椅子も用意できねぇのか? 五秒以内に座って話せる状態にしろ」


 「は、ハイ!」


 脂ぎった小太りの男、コルドリオ・ノーマンが指を鳴らす。それを合図に下位冒険者が慌てたように四人分の椅子を並べ、ダァトはその一つをノーマンへ蹴り渡した。


 「座れよ支部長様、疲れるだろう?」


 「わ、私ではなく、貴方様が」


 「別に? 俺ぁ顔も知らねぇ滓と顔を合わせたくないモンでね」


 「そ、そうで御座いますか……しかし私も上位一級冒険者が座らないと話すのなら、座るなど」


 「二度も言わせんじゃねぇ」


 「……」


 怯え竦むコルドリオの肩に手を添え、トンと押す。衰えた中年の足腰は剣士の力に耐えることが出来ず、尻を勢いよく椅子の上に落とした。


 「お話しようや、嬉しいだろう? 上位一級……存在しない筈の男と話せてよ」


 「……は、ハハ」


 「おいおい、なんで怖がってんだ? 笑えよ……豚」


 ま、んなことどうでもいいけど。コルドリオの背後に回り、カウンターに腰かけながら不死者討伐依頼書を支部長の目の前に投げる。


 「黒薔薇の血霧城……久しぶりに不死者の討伐状が出たな。承認印を寄越せ」


 「それは……可能ですが、もう」


 「定員一杯とか詰まんねぇこと言うなよ? それと、下位三級冒険者二名の同行許可を願おうかな?」


 「あ、貴男様だけ行くのなら問題はありません。しかし……下位冒険者が不死者討伐へ行くのはギルド規範に反する行為でして……」


 「ギルド規範! 冗談キツイぜ支部長さんよ! なら……仲介料ってのぁギルド規範で許可されてるのか? 結構金が掛かるよなぁ、根回しから情報屋への賄賂までさ」


 「それは———」


 「知らねぇ筈がない。一度見せて貰いたいもんだね、下位冒険者の出身表と中位冒険者の上納金帳簿を」


 「何のことか……」


 「しらばっくれんなよ、怒らないからさ? ホラ、面に書いてあんぜ?」


 必死に眉を下げているコルドリオを他所に、指先で空間を引っ掻いたダァトは渦巻く闇の中へ腕を突っ込み、大量の書類束を取り出す。


 「それは!」


 「ん? どうかしたか?」


 「少し、少々お待ちください! 貴男様が望むモノならば何でも差し上げます! 支給品が必要でしたら私の名で魔導具屋へ」


 「ならそうだなぁ……ギルド管轄内の宿を二週間程無料で提供しな。それと俺と同行する下位冒険者二名に“それなり”の装備を寄越せ。今はそれだけで勘弁してやらぁ……俺は優しいからな」


 受付嬢へ指示を飛ばし、チラチラとダァトが持つ書類束へ目を向けるコルドリオ。交渉と呼ぶにはあまりに一方的かつ暴力的で、反論の余地を残さない会話にマリアンヌが静かに問う。


 「ダァトさん、もし不死者討伐が成功したらどうなるんですか?」


 「そりゃお前、莫大な報奨金と不死者討伐実績が手に入る。あとは……俺からの推薦状だな」


 「推薦状?」


 「そ、実力に見合った位への足掛かり。下位三級なら一気に中位五級に成れる魔法の紙切れ。生きてれば話だけどな」


 「クロウさんとキーラさんが生き残れる可能性は?」


 マリアンヌの問い掛けを鼻で笑ったダァトは椅子に座る少年少女を一瞥し、


 「無理だな、絶対に死ぬ。黒薔薇の不死者の眷属にも勝てねぇだろうよ、コイツ等じゃ」


 無理を通した己を嘲笑う。


 「……ダァトさん」


 「怒ってもいいぜマリアンヌ。俺ぁこのガキ共の命を勝手に賭けたんだ。お前とクロウ、キーラは俺を糾弾する権利がある。だから」


 「私が言いたいのはそんなことではありません。ダァトさんの要求が優しすぎると思ったんです。やり方も、全部」


 ダァトの瞳が大きく見開かれ、それと同時にくぐもった笑い声が喉の奥から漏れ出した。


 「ギルドの仕組みは分かりませんが、恐らく掲示板に貼られた不死者討伐依頼を見るに、誰も手を出さない仕事……それこそ誰かがやってくれるモノだと思ってるんでしょうね。中位? クロウさん達より強い人でも気軽に請け負えない依頼。だから私思ったんです」


 「何を? 話してくれよ、マリアンヌ」


 音もなく立ち上がった少女がコルドリオの前に立ち塞がり、


 「足りないなって、もっと欲しいなって……そう感じたんですよ」



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