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第3話 ツヅリはじめてのおつかい(前編)

ふたりが住むアジトに朝日が射し込む。


陽の光を浴び、背伸びをするツヅリ。 


適当にまとめた髪、黒縁眼鏡に上下グレーのスウェット。


現代の一般女子のような格好で、この時間まで服を作っていた。 


「ふぅ。やっと出来たね。ワンピースってやつ。花が所々に咲いてる模様がいいね」


ツヅリはまじまじとそれを見つめる。


「初めて仕立てたにしては、上出来じゃないかい?」


目を細め、少し笑った。



「ふあぁぁぁぁ、ツヅリおはよう。朝から元気だね」

貘がよたよたと起きてきた。


「おはよう。あんたにしちゃあ起きるのが早いんじゃないかい?」


「ん〜今日は特に何も無いからまだ寝てようかな⋯⋯」



貘は立ったまま寝始めた。


「⋯⋯相変わらず器用な奴だね」



ツヅリは貘をよそに、身支度を始めた。


「私も着てみようかね、ワンピース」


仕立てたものと別の、青空のような色のワンピースを身に纏い、鏡の前に立つ。


「いざ自分が洋服を着てみると、ぎこち無いねぇ。で、靴ってやつは⋯⋯」


靴箱にあった、ハイヒールを履いてみた。


「おっ、これは安定しないけど⋯⋯みんなこんなの普段から履くのかい?」


ツヅリは数歩歩いて、すぐに壁に手をついた。足元がふらつく。

けれど、倒れるほどじゃない。



「うん。よく分かったよ、これは“慣れ”が物を言うやつだね」


鏡に映った自分を見て、小さく首を傾げる。


「⋯⋯似合ってないとは思わないけど、“あたし”じゃない気もするねぇ」


裾をつまみ、くるりとひと回り。

動きに合わせて布がふわりと広がる。


ツヅリは少し微笑んだ。


「でも、悪くないね。洋服ってやつも」 


ツヅリは仕立てたワンピースを畳み、鞄にしまった。

そのままハイヒールの不安定な足取りで玄関へ向かう。



「ちょっと行ってくるよ。たぶん夜までには帰るよ」


そして、パタンとドアが閉まる。


立ったまま寝ていた貘は、またソファに寝そべった。





新緑の季節。

春より少し暖かくなり、道端の花壇にも様々な花が咲き乱れる。


(この季節は好きだよ。今も昔もね)


そんなことを思いながら歩くツヅリ、すれ違う人たちが振り返る。


「えっ、あの人モデル?」

「めっちゃ綺麗」


(ん?何か視線を感じるねぇ)


多少の違和感を感じながらも、歩く。


すると、信号待ちしていた少年たちが、ツヅリに気づく。



「あれ、お姉さん見たことある」


ツヅリが目線を合わせて、

「おや、そうかい?でも⋯⋯あたしは坊やのこと覚えてないよ⋯⋯ごめんね」

と、少し申し訳無さそうな顔をする。


「ううん、えっとね、これ」

少年がスマホを取り出しツヅリに見せる。


「こ、これは⋯⋯」


ツヅリの顔は一気に赤くなる。


先日の野球観戦時にたまたまテレビカメラに抜かれた画像だった。


(あいつが言ってたのはこういうことか⋯⋯)



その頃、アジトで爆睡の貘。

「へくしっ!⋯⋯あれ、風邪でも引いたかなぁ⋯⋯zzz」



野球少年は無邪気に、

「お姉さん世界でめっちゃ有名人だよ!いいねも10万ついてるし、ビューも600万越えてるよ!」


ツヅリは困った顔をしながら、

「いいねとかびゅーってのはよく分からないけど⋯⋯世界に顔が知れてるってのは何だか落ち着かないねぇ⋯⋯」


少年は続けて、

「お姉さん野球好きなの?僕たち近くの公園で練習してるから、今度見に来て!」

と、ニコニコしながら言った。


「ああ、時間があるときに見させてもらうよ」ツヅリはそう言うと立ち上がり、手を振って少年たちと別れた。


(ふぅ。この時代は奇っ怪だねぇ。あんなもんで有名になっちまうなんてさ)




そんなことを考えて歩いていると、見たことの無い場所にいた。


(おや?コンビニって店を右に曲がるはずだったけど⋯⋯行き過ぎたかい?)


ツヅリは道に迷った。


ドーム球場で、自分の席にたどり着くのに1時間かかるくらいの方向音痴。


知らない場所に行ってしまったら最後、確実に路頭に迷ってしまう。


(こんなこともあろうかと、事前に行き先を書いてもらってたのさ)


ツヅリは鞄からマップル関東版と書かれた大きな地図を出した。



(確か栞を挟んだこの丁に行き先が⋯⋯全然分からん)



ツヅリは頭から煙が出るような感覚に襲われた。


マップルを開いて固まる、青空のような色のワンピースを来た美女。

そんな滑稽な姿を見かけた女子高生が恐る恐る声をかけた。


「あの⋯⋯野球観戦してた人ですよね?」


呆然としてたツヅリは我に返り、

「あ、あんたも知ってるのかい?あの坊やが言ってたのは本当なんだねぇ⋯⋯」


女子高生は笑顔になり、

「わぁ本物だ!本当にいたんだ!あまりに美人だからAI画像だって言われたりしてたんですよ?」


ツヅリは苦笑いしながら、

「まぁ美人だって言ってくれるのは有り難いけど、半分以上何言ってるか分からないねぇ⋯⋯あぁお嬢ちゃん、あたしはここに行きたいんだ。知らないかい?」


ツヅリは目的地の印がついたところを指差す。


女子高生は少し難しい顔をしながら、

「うーん、ちょっと分からないなぁ⋯⋯あ、お姉さん、スマホ持ってないんですか?」



「すまほ⋯⋯酢まほ?何かの酢漬けかい?」



女子高生は一瞬ぽかんとした顔をした。


「いや、その⋯⋯これです」

スマホの地図アプリの画面を見せる。


「あ〜この板ねぇ、さっき坊やが見せてくれた奴だ。 これがすまほって言うんだね。あたしはこれ持って無いんだ。地図はこれだけなんだよ。林檎の表紙が可愛いだろ?」


と、自慢げにマップル関東版の表紙を見せる。


(おじいちゃんの車の中にあったような⋯⋯持ち歩く人いるんだ⋯⋯)


女子高生は愛想笑いしながらも、

「あの⋯⋯良かったら案内しますよ?」と言った。


ツヅリの表情がぱあっと明るくなる。

「⋯⋯いいのかい?これは渡りに船だね。恩に着るよ!」


(言葉遣いがいちいち古いのはどうして?美人なのに⋯⋯)


そうしてツヅリと女子高生は歩き出した。



「お嬢ちゃん、同じ格好の子を何人も見かけたけど、何かあるのかい?」


ツヅリは不思議そうに聞いた。


「学校の制服です、私けっこう気に入ってるんです」

「学校の制服⋯⋯学校てのは何だい?制服ってのは決まりってことかい?」


「学校は勉強するところです。制服は学校によって違うんですけど⋯⋯お姉さん学校知らないんですか?」


ツヅリは歩く生徒たちを見ながら、

「学校⋯⋯あっ、寺子屋みたいなもんかい?」


「寺子屋⋯⋯ま、まぁそんな感じです⋯⋯」


(あれ?私タイムスリップしちゃった?寺子屋なんて歴史の授業でしか聞いたことないよ⋯⋯)


ツヅリは少し視線を落としながら、

「あたしは寺子屋に行かないことを選んだけど⋯⋯今はみんな学校に行ける時代なんだね」と、羨ましそうに言った。


女子高生は混乱しているが、この人は悪い人ではない、それだけは確信していた。


「お姉さん、いい匂いしますね」

笑みを浮かべて言うと、


「本当だね。生地の焼けるような匂いがするよ」


(違う!貴女がいい匂いなの!)


ツヅリは匂いに釣られて歩くスピードが早くなった。


「ちょっと!お姉さん!どこ行くの?」「あたしの好きなものがこの先に待ってるんだよ!」


そう言ってしばらく歩いた先には鯛焼き屋があった。「今川焼かと思ったら魚の形⋯⋯どうしてだい?」


ツヅリは無垢な瞳で店主や女子高生に尋ねる。


(何だこの美人な姉ちゃんは?そんな目で俺を見るな⋯⋯)


店主は狼狽えながらも、

「一説によると、今川焼が売れなかったから、鯛の型を使って焼いたのが始まりらしいんだ」と、答えた。


「今川焼が売れない?そんなことあるわけないだろ。でもこれも美味そうだねぇ。一つ貰ってもいいかい?」


「お姉さん、行くところあるんでしょ?早く行かなくていいんですか?」

女子高生は心配そうに言う。


「予期せぬ出会いも大事にしたいのさ、あたしは。それにお嬢ちゃんが一緒ならたどり着けそうな気がしてるのさ」


ツヅリは微笑んだ。


そんな姿を見て、店主はときめきながらツヅリに鯛焼きを渡す。


(美人は微笑んでも美人⋯⋯)


そして、ときめいたのはもう一人。

(私、この人を絶対送り届ける!)


「ありがとう。アチチ⋯⋯焼き立て美味そうだねぇ」

ツヅリが一口食べる。


「んんん~美味いねぇ!!おやっさんの鯛焼きは日本一だよ!」


満面の笑顔のツヅリ。口の横に少しあんこをつけながら。


(いかん。これは惚れる。)

店主は落ちた。


「⋯⋯姉ちゃん、良かったら何個か持って行くか?」

「いいのかい?ありがとうおやっさん。これで土産も出来たよ」


ツヅリはニコニコしながら鯛焼きを受け取り、店主に手を振りながら、

「おやっさん、今度は迷わず来てみせるよ!またね!」と、言って女子高生と去っていった。


(俺の街に女神がやって来た⋯⋯!!)




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