皇子の攻略は難しそうね。全然、親密度が上がらない。むしろマイナスだわ。
マリナは深いため息を吐く。仕方ない、とりあえず攻略対象を変えよう。きっとこの世界の物語では皇子の攻略はシークレット並の難しさなのだ。それは追々探していくしかないようだ。
マリナが目を付けている男は他にもいる。この時間なら、おそらく図書室にいるだろう。彼は本の虫だ。
「今朝、花壇を見ましたよ。虫の居所でも悪かったんですか?」
「私がしたんじゃありません。今の時期ですと、どんな花が良いでしょう?」
「エディブル・フラワーにしては?」
「エディブル・フラワー?」
「食べられる花ですよ」
「面白そうですね」
図書室では、既に本の虫の彼と、悪役令嬢が話をしている。
また邪魔された。
ムカムカしてしまうマリナ。
「あーん、あの本が取れない~。取ってくださーい」
マリナは必死に上の本を取ろうと背伸びする。
「どれですか? ああ、乗り物百科事典ですね」
彼が気づいてこちらへやってくる。
彼は図書室長であり、生徒会書記のアランだ。知的な眼鏡の美形である。
皇子には負けるが、なかなかのイケメンだとマリナは思っていた。
推しナンバー2だ。
「はい、どうぞ」
笑顔で本を取ってくれる。皇子とは違って、すごく私にも優しくしてくれる。
彼は私のことが好きだと思う。
絶対に落とせる。
ざまあみろ悪役令嬢め。
ふふーんと、悪役令嬢に視線を向けるマリナ。
「リリー、これがエディブル・フラワーの辞典です。この時期だとこれとか良いんじゃないですか?」
「うん、会長に相談してみましょう」
「花壇のお花くらい好きにしても良いと思いますけど」
「会長はやたら好き嫌いが激しいじゃないですか。『食べられる花など邪道だ!』とか言いません?」
「言いそう」
アハハと笑うアランに苦笑するリリー。仲が良さそうで腹が立つマリナ。
私を無視してんじゃないわよ!
「アラン様~、私にもおすすめの乗り物教えてくださーい」
そうアランを呼ぶマリナ。
おすすめの乗り物とは? しかし、たまたま取ったのが乗り物の本で、乗り物についてしか聞けない。もっとちゃんと選ぶべきだったと後悔するマリナだ。
「ごめんなさい。僕、乗り物のことはよくわからないんです。馬車くらいしか……」
「マリナさんは何の乗り物を調べているんですか? 用途などを教えていただけたら、何か助言できることもあるかもしれません」
マリナの質問に困るアランと、何か力になれるのではと親切心で聞くリリー。
なぜかマリナに睨まれた気がする。
「えっと……」
マリナも乗り物に詳しくなければ、使う予定も買う予定もない。
何も言えなくなってしまう。
「あら、ごめんなさい。私、そういえば会長と約束がありました。うっかりしちゃったわ!」
リリーは、もしかしてマリナがアランと二人きりで話したいのではと察し、気を使って出ていこうとする。
きっとそれで睨まれたのだと察した。
「え? 待ってリリー。そう、僕も会長と約束がありました。今思い出しました。申し訳ありませんが、失礼いたします、マリナ嬢」
「え? アランも?」
「そうそう、一緒に行きましょう」
そそくさと二人で図書室を出ていき、ポツンと残されるマリナ。
何なのよ!
あの悪役令嬢!
皇子だけではなく、アラン様にまで色目を使うなんてふしだらな女ね!
そう、自分のことは棚に上げ、リリーを妬むマリナだった。
「ごめんなさい、アラン。本当は私、会長に呼ばれてないの」
廊下を生徒会室に向けて歩いていたが、リリーは申し訳なくなり謝る。
「ええ、僕も呼ばれていません」
「え?」
アランも呼ばれてないの?
「僕、マリナ嬢は苦手でして……」
ため息を吐くアラン。
「本を取ってくれとよく頼まれたり、本が重たいと呼ばれたり、勉強を教えてくれと言われたり……」
「あら、女性が困っていたら助けるものですよ。それを嫌がるだなんて、アランを見損ないました」
まだアランは子供なのだと、呆れてしまうリリー。
だがアランは心外であった。
「誤解しないでください。僕だって本当に困っていたら助けますよ。彼女の場合は僕の気を引きたくて言っているようなので、うんざりしてしまって」
「女性が好意を寄せてくれていると言うのに、無下にするのですか?」
「そんなこと言われても……」
困った様子のアランが少し可哀想になるリリー。
嫌なものは嫌なのね。
それは仕方ないわよね。
無理を言うのは良くないわ。
しかし、アランが会話をするのは自分と会長ぐらいなものである。
人見知りが激しいのだ。
日がな一日を図書室で過ごしてしまっている。
そこは少し直した方が良いのではないかと、リリーはお節介な事を考えていた。
「マリナさんにも困りましたね。アランはまあ良いとして、皇子にまでしつこく付きまとうようで。交友関係の結び方がわからないのでしょう。素直で良いとは思いますけど……私が注意しても怖がられてしまいますし」
思わず、ため息が漏れてしまうリリーだ。
このままではマリナは孤立してしまう。何とかしてあげたいとは思うが、注意しようにも自分の言い方が悪いのか、うまく理解してもらえない。
「ちょっと待ってくださいよ。確かに皇子にしつこく迫るのもどうかと思いますが、僕も良くありませんよ」
「まあ、そう嫌がらないであげてください。転校生でまだ学園にも慣れていないんですよ。卒業まで一年もありませんし、アランが面倒を見てあげてください」
「なんで僕が!!??」
苦手だと言っているのに!
リリーは僕の話を聞いてくれてないのか!?
アランは頭を抱えたくなった。
リリーはただ単にアランの人見知りが直せるかもしれないし、アランは物知りで礼儀正しくもあるので、マリナの教育係に良いのではないかと考えての事である。
「勉強を教えてあげる約束をしたんですよね?」
さっき、そのような事を言っていた。
「断りました! 女性と二人きりになるなんてできませんよ」
「あら? 図書室で二人きりになるくらい良いじゃないですか。私とはよく二人きりで話しますよね? それとも何ですか? アランは私を男だとでも思っていたんですか?」
「そんなことは……いや、確かにリリーは男勝りですけど……」
「あら? 何ですか?」
「フフッ」と笑って見せるリリーだが、笑顔が怖いと思うアランだ。
会話しながら歩いていると、結局、生徒会室に着いてしまった。