マリナは激怒していた。何もかも上手くいかない。腹立たしい。
皇子は冷たいし、図書室の書記には避けられている。生徒会長には接点すらまだなかった。
季節はもう夏休みになってしまう。
夏休み前に、学園では盛大なパーティーが催される。長期休みの前には毎回パーティーが催されるのだ。
ヒロインである自分にとっても、盛大なイベントのはずだ。
そう、ヒロインは私なのに。
あの女ばかりチヤホヤされている。
なんなのよあの女。悪役令嬢らしくしなさいよ。
どうして可愛い私より、陰険で冷たい表情しかしない悪役令嬢がモテモテなのよ。おかしいわ。
きっとあの女が裏で小細工してるに違いない。
私の邪魔ばかりして……
マリナのリリーへの嫉妬心は膨れ上がり、今にも爆発しそうである。
一方、リリーはといえば、今にも爆発しそうなマリナの嫉妬心に気づくわけもなく、以前、蹴散らされた花で作ったポプリを友人に分けた。
せっかくなので、家の庭で落ちた花なども拾い集めて作ったので、たくさんできたのだ。
カロリーナや取り巻きたち、アランとサラスにも渡したが、さすがに皇子であるレオンに渡すのはどうかなと思い、やめた。
しかし、友人たちに手作りのポプリを渡していることに気づいていたレオンは、「僕にはいつくれるのだろう? どんな匂いの物をくれるのだろう?」と、ドキドキワクワクしながら待っていた。
なのに、なぜかくれない。
「ねえ、リリー。僕にはポプリくれないの?」
しびれを切らせて自分から催促してしまうレオン。
「はい、皇子様の分は用意しませんでした」
「なんで!? 僕だけ仲間外れなの!? ひどいよリリー、意地悪!」
「すみません。そんなに欲しがるとは思いませんでした。自分用の物がありますので、こちらから選んでください」
まさか手作りポプリなどをそこまで欲しがられるとは思わず、少し驚くリリー。物珍しかったのだろうか。
自分用に取っておいた物を出す。
三種類残しておいた。
バラベースと、ラベンダーベース、それと花壇に植えておいた花ベースだ。
「リリーのおすすめはどれだい?」
「そうですね。皇子は公務でお疲れのことも多いかと思いますので、ラベンダーはどうですか? 心が落ち着く香りです」
「へー、本当だ。いい匂い」
リリーはラベンダーベースをレオンに渡す。
「ありがとう。嬉しいな」
「エヘヘッ」と笑うレオン。つられてリリーも微笑む。
喜んでもらえて嬉しい。
「そうだ、夏休み前のパーティー。僕のパートナーになってくれるよね?」
パーティーは男女ペアが基本である。
今までもレオンのパーティーのパートナーはリリーだった。それは一般的な社交の場でも同じで、もうお決まりのようになっていた。
「そうですね……たまには別の方を誘ってみては?」
「え? 嫌だよ。リリーに断られるなら、僕はパーティーなんて出ないからね」
「変な我がまま言わないでくださいよ」
「僕の単位はリリーにかかってるよ」
「そうですか」
思わずため息が出てしまうリリー。別に自分がパートナーとして出ても良いのだが、基本的にパートナーとは初めに一回ダンスしたら、他の人ともダンスし、交流を深めたりするものであるのに、レオンは自分とダンスしたら挨拶回りだけして、いつも終わりにしてしまう。
リリーはレオンの妃になるつもりはさらさらないので、できれば他の女性ともダンスして会話などして仲良くなってほしいのだが……
「今回も衣装を合わせよう。素敵なドレスを贈るから楽しみにしててほしいな」
「質素なもので構いません」
あまり豪華なドレスを贈られても、ドレスに負けてなんだか惨めになるのだ。
皇子とはたぶん、趣味が合わない。
「君を着飾るのは僕の楽しみなんだよ」
「フフフッ」と楽しそうに笑うレオン。
今回もまたドレス負けしそうだ。恥ずかしいな。
気が重いリリーであった。
夏休み前日のダンスパーティーの日。
レオンがプレゼントしてくれたドレスをまとうリリー。
「本当にいつも素敵なドレスですね。お嬢様にお似合いですわ。皇子様に愛されていらっしゃいますわね」
「フフッ」と微笑むリリーの侍女は褒めちぎりながら、リリーの髪を結う。
「そうかしら……」
ドレスに着られている感じがして、リリーは恥ずかしい。
髪型も化粧も普段は手入れも適当だが、今日ばかりは皇子の面目も潰せないため、最大限の努力をするしかなかった。
うん、これが限界ね。
それにしても、
「ナタリアは魔法使いね」
髪型と化粧でこんなに変えられるのだから、私の侍女は天才なんじゃないかと思う。
「毎回おっしゃっていただけますが、お嬢様の元が良いのですよ」
「そうかしら?」
ナタリアの腕が良いのだと思うリリー。
「お嬢様、お迎えが来ましたよ」
執事が呼びに来た。レオンの迎えが来たらしい。
定刻通りである。
「今行くわ」
リリーは返事をし、部屋を出るのだった。
「やあ、リリー。良い夜だね。今夜の君も素敵だよ」
門の所で待っていたレオンはリリーの姿に見惚れつつ、エスコートしようと手を差し出す。
その手を取りつつ、「相変わらず歯が浮くようなことを言うわね」と、リリーは軽く引いている。
リリーはレオンの馬車に乗り、学園のダンスパーティーへと向かうのであった。
パーティーの会場は学園の大広間である。レオンにエスコートされながら会場入りするリリー。
先に来ていた生徒たちの視線を集める。
「リリー様もレオン様も本当に素敵」
「お似合いですわね」
「理想のお二人ですわ」
などと小声で噂されているのがレオンの耳にも届き、レオンは「フフーン」と鼻が高くなる。
「見ろ、リリーは僕の将来の花嫁さんだぞ!」
という感じだ。
「一曲踊ろうか」
早速、レオンはリリーを誘い、舞台の中央まで行く。
こう人目を集めるのはリリーは苦手である。
毎回緊張してとちってしまうが、自然な流れでレオンがごまかしてくれる。
周りからはきれいに踊っているようにしか見えず、何人かは見惚れて夢見心地のような表情で、レオンとリリーのダンスを見つめるのだった。
「ごめんなさい、足を何度か踏んでしまいましたね」
緊張のダンスを終え、ホッと一息つくリリー。
「良いよ。リリーに足を踏まれると、ちょっと興奮しちゃうんだよね、僕」
「変なことを言うのは止めてください」
何を言っているんだ、この皇子は。
「レオン様ー!」
中央からはけたリリーとレオンだが、誰かがレオンの手を掴んで引き止める。
こんなことをするのはマリナしかいないが……
「手を掴まないでくれるかい?」
とんだ無礼者である。
レオンはキッとマリナを睨んだ。
「あ、申し訳ありません、私ったら」
「テヘヘッ」と笑いながら手を離すマリナ。
レオンは無視してこのままリリーを連れて立ち去りたかったが、リリーは無言の圧力で(話しかけてきた女性を無視するのは失礼ですよ)と言っている。
先に失礼をしてきたのはマリナであると言うのに、理不尽だ。
「あの、レオン様」
「何?」
君に名前を呼ぶことを許可していないのだけど。大体、自己紹介もしていないし、されていないのだけど。
「私と一曲踊っていただけませんか?」
「は?」