身の程知らずもここまでくるとおめでたいな。
レオンは呆れて言葉も出ない。
周りがざわつきだす。
レオンがパーティーでリリーとしか踊らないのは皆知っていることである。それに禁止されているわけではないが、女性から声をかけることは稀であるし、友人関係ならともかく、見知らぬ赤の他人が誘うことなどまずない。
前代未聞の騒ぎであった。
レオンは断りたかった。
だが、リリーの目が(女性に恥をかかせる気ですか?)と言っている。
学園では身分の差はないことになっているし、女性が男性をダンスに誘っても悪くはない。
誘って断られたら、それは恥ずかしいだろう。
だからリリーの言いたいことはわかるのだけど……
だって、ここでマリナの手を取ってダンスしたら、リリーだって他の男性に誘われたり、誘ったりしてダンスを踊るだろう。
それが嫌だ。
リリーとダンスして良いのは未来の旦那である僕だけなのに!
レオンはすごい葛藤の末、「僕は皇子だ! 断っても良いはず!」
そう決断を出した。
「悪いけど、僕は……」
「どうぞ、行ってらしてください。さあ、手をつないで」
レオンの言葉は続けられず、遮ったのはリリーであり、無理やり手を繋がされ背中を押される。
リリー!! 君がリリーでなければこんなこと許されないぞ!
僕、皇子様なんだぞ!!
リリーに笑顔で送り出され、レオンは涙目になりそうだった。
「わー、嬉しい! レオン様、楽しみましょう!」
そう言うマリナに引かれ、ステージの中央に行く。
皆、ハラハラとした視線をよこしている。
早く一曲終わってくれとレオンは願うのだった。
これで皇子も色々な女性とダンスして親睦を深めたら良いわ。
リリーはそんなことを考えながらあたりを見渡す。
「今晩は、リリー。今日は珍しいですね。良いんですか、マリナ嬢に皇子を渡してしまって」
「今晩は、アラン。ここは女性と男性がダンスを踊る会ですからね。良いと思います。皇子ももっと色々な女性と話して世界を広げるべきだと思います」
「そうですね。でもほら、何か……とても悲惨なことになってますよ」
レオンとマリナのダンスは大変なことになっている。
マリナはダンスが下手くそなようだ。平民から急に貴族になりまだ日が浅いので、ダンスが苦手でも仕方ないのだが、それにしてもひどすぎた。
レオンもレオンで全くサポートしてあげていない。
理由は、リリーがアランと話していて気になり、ダンスどころではないのだろう。
もうまるで相撲を取っているようである。
皆、笑ってしまわないように必死な面持ちだ。
「なぜあんなことになっているのでしょうか。どうしましょう。止めた方が良いわよね……」
予想外の出来事でリリーも困惑してしまう。
まさかこんなことになるとは。これでは皇子が笑い者である。
なぜ、皇子はマリナさんをサポートせず、ステップもばらばらになってしまっているのか。
理由はわからないが、さすがに止めなければ。
「アラン、手伝ってください。私が皇子とダンスの続きを踊りますので、アランはマリナさんをお願いします」
「えっ、なんで僕がマリナ嬢と……」
とっても嫌である。
そもそも自分は一人になってしまったリリーをダンスに誘おうとして声をかけたのに、なぜこんなことに。
「ほら、早くしてください。いつ皇子かマリナさんが転んでしまうかわかりません」
アランの手を引くリリー。ダンスを踊るようにごまかしつつ、二人に近づく。
だが、リリーがアランと手をつないでダンスしていると思ったレオンは、さらにステップを乱れさせてしまう。
「キャッ!」
「うわっ!」
リリーが恐れていたことが起こる。二人して体勢を崩し、倒れかかったのだ。
レオンは何とか踏みとどまったが、マリナは踏みとどまれない。
まるでレオンがマリナに柔道の内股でも決めてしまったようになってしまった。
慌ててマリナに手を差し出し、倒れてしまわないようにかばうリリー。
リリーを巻き込む形になって倒れてしまった。
「キャー!! リリー様!!」
「リリー様!!」
見ていた取り巻きから悲鳴が上がる。
「リリー!」
レオンも心配し、リリーを確かめる。
「いたーい。足がー」
リリーの上に倒れたマリナが痛がっている。
「早くリリーから退け!」
リリーを下敷きにして何をほざいてるんだと、マリナを押し退けるレオン。
「リリー大丈夫? どこか痛いところはないかい? 怪我は?」
リリーを心配するレオン。取り巻きたちもリリーを心配し、寄ってくる。
誰の目にもマリナは映っておらず、蚊帳の外であった。
「大丈夫です」
起き上がるリリー。平気な顔をするが、手首を捻ったらしい。
痛い。
「マリナさんはお怪我はありませんか?」
リリーはマリナを心配し、声をかける。
「足が痛くて歩けません。きっと捻ったんだわ」
「痛い痛い」と騒ぐマリナ。
「マリナさんはダンスが苦手なようですね。もう少し練習した方がよろしいです」
怪我を心配して注意するリリー。人を誘ってダンスするには危険すぎるレベルだった。皇子にも後で「ちゃんとエスコートしなさい」と説教しなければならないが、今は人目があるのでできなかった。
「誰か、マリナさんを医務室に……」
誰も連れて行ってくれそうにない。
「アラン。マリナさんを医務室に連れて行ってください」
アランは「なんで僕が」という表情をするが、他に頼める人がいないのだ。
まあ、それだけリリーに頼りにされているのだと思うと、役得な気もしてくるアラン。
仕方ない。
「マリナ嬢、医務室まで行きましょう」
マリナに手を差し出すアラン。
どう見ても足は何ともないと言うのに。
「何よ、何様なのよ。皆、皆、悪役令嬢ばかり。何なのよ」
マリナはブツブツ何かを言っている。
正直怖い。
アランは泣きそうになりつつ、マリナの手を引いて医務室まで連れて行くのであった。
アランによって医務室に連れて来られたマリナはベッドに寝かされる。
医務室の先生が足を確認するが、特に痛めた様子もない。しかし、本人が痛いと言うので氷を準備する。
「アラン様が冷やしてください」
そうマリナにお願いされ、仕方なく冷やしてやるアランだが、「冷やすのは足ではなく頭ではないか」と思う。
「マリナ嬢、リリーも貴女を思って何度か注意してますが、一向に改善しませんね。皇子をダンスで転ばせたとなれば、最悪貴女の首が飛びかねないのですよ。それ以前に皇子への態度を改めなければいけません。貴女は貴族としての礼儀と振る舞いを身につける必要があります」
ため息混じりに苦言を呈するアラン。これだけ言っても駄目ならもう本当に駄目な子なのだろう。彼女を受け入れた伯爵家は災難だな。このままだと没落させられそうだ。
「私の心配をしてくださるのですね、アラン様。私、アラン様をダンスにお誘いすれば良かったです」
「ええ、そうですね。いくらかはましだったでしょう」
皇子をダンスに誘うより良い。自分もできればマリナの相手はお断り願いたいが。仕方ない。誘われたダンスを断ればリリーに説教される。
リリーに怒られるのもやぶさかではないが、彼女に幻滅されるくらいならマリナとダンスを踊る方が良い。
あれがダンスと言えるのかわからないが。
「私、アラン様が好きです」
「え?」
手を握られ、目を見つめられる。
虫唾が走った。
「嫉妬させてしまいましたよね。ごめんなさい。私はあなたを選びます。早くあなたを選べば良かったんですね」
「フフフッ」と笑ってみせるマリナ。
何を言っているのだろう、この女は。
「やっぱりアラン様が一番優しいですし、他の攻略対象は難しすぎて諦めるしかありませんわ。それも全部あの悪役令嬢のせいです。本当に邪魔ばかり」
「攻略対象? 悪役令嬢?」
彼女は何を言っているんだ。
アランは恐怖を覚えてしまう。
「私たちの仲は邪魔させないわ。ね、アラン様。私の運命の人はアラン様よ」
「あ、えっと……僕はまだ婚約しておりませんが、父に相談してみないとわかりません」
「今度、ご挨拶に伺います」
「えっと……」
アランはどうしたら良いか分からず困惑する。
怖いよ。リリー、助けてー!