「今夜は災難な一夜だったね」
早々に迎えの馬車に乗り込んだレオン。リリーも一緒に帰る。
「皇子ももう少しリードして差し上げればよかったのですよ。どこか具合でも悪かったのですか?」
馬車に揺られながらリリーはマリナのことを考える。足は大丈夫かしら。
付き添いにつけたアランも心配だ。
ちゃんと面倒見てあげているかしら。
アランはリリーの事を苦手だと言っていたのに押し付ける方にになってしまって申し訳ない。
「リリーはもう少し僕のことを考えてほしいな」
「はぁー」とため息をつくレオン。
もう待てない。
リリーは人気者だ。
今日だってアランとかいう奴と仲良くしていた。
だいたい、あいつは何なんだ。未来の皇帝の妃候補を「リリー、リリー」と呼び捨てにして。
生徒会役員だったか。
生徒会長の男とも仲良くしている。
優秀すぎるのも考え物だ。
別にリリーの方に気があるとは思えないから良いけど……
レオンは何かと面白くない。
怪しい女もいるし。
こうなったら皆の前でプロポーズして、早く婚約してしまおうなんて考えていたのだ。
今日は指輪を持ってきた。
パーティーの最後に皆の前でプロポーズし、婚約発表してしまえば、リリーも断れないだろう。
彼女の気がこちらに向くまで待っていようと思ったが、全く見てくれない。
こうなったら婚約してからアプローチした方が良い。
レオンはそう思ったのだが……
マリナのせいで台無しである。
次のパーティーは冬休み前。
プロポーズはそれまでお預けだ。
「やはり具合が悪いのですね?」
先ほどから「はぁー」と深いため息を何度も漏らすレオンに、リリーは具合が悪かったのだと勘違いする。
「気づかず申し訳ありませんでした。お熱はありませんか?」
心配してレオンの額に手を伸ばした。
「リリー、ありがとう。そうなんだ。なんだか熱っぽくてね。君が一晩僕のベッドで添い寝をしてくれたら治ると思うんだけどな」
そう甘えたように言って上目遣いをするレオン。額に触れてみるが、全く熱はなさそうだ。
だが本人は熱っぽいと言うのだ。具合は悪そうだし、熱が出る予兆なのかもしれない。
「分かりました。お医者様に診てもらってください。暖かくして寝るんですよ。あ、ミミズを煎じましょうか?」
「え? ミミズはいいよ」
「熱が出た時はミミズを煎じて飲むのが一番です」
リリーは力強くミミズをすすめる。
「うん。熱はまだ出てないから……」
リリーが添い寝してくれるならミミズを煎じたお湯くらい頑張って飲んでみようかとも思ったが、やっぱり無理である。
レオンは大人しくリリーを公爵家まで送り届けるのであった。
今日から夏休みだが、リリーは朝早く学園に来ていた。
花壇の水やりをしなければならないからである。
リリーがしなくても学園の職員などがしてくれるだろうが、花壇の花は自分が植えたので、責任を持ちたい。
夏休みでも同好会や、お茶会などは頻繁に開かれるので、学園の庭はわりと賑やかである。
今も向こうでお茶会が開かれていると、カロリーナに誘われていた。
花の水やりを終えたら少しだけ顔を出そうと思う。
「おはよう、リリーちゃん」
花の水やりをしようとジョーロに水を入れていると声をかけられた。
「おはようございます、サラスさん。サラスさんも同好会か何かですか?」
「ううん。リリーちゃんのお手伝い」
サラスはそう言うと、水でいっぱいになったジョーロを持ってくれる。
「リリーちゃん、手首を怪我してたでしょ」
サラスはリリーが手首を怪我したことに気づいていた。ジョーロを花壇まで運び、水をかける。
「ありがとうございます、サラスさん」
本当は手首が痛くて水が入ったジョーロが持てるか危なかったので、サラスが撒いてくれてリリーは助かった。
「リリーちゃんは頑張り屋さんだね。でも無理はしないでね」
水を撒き終わったサラスはジョーロを置くと、リリーの手首を掴む。
「えっ!?」
急に痛めた手首を掴まれ驚く。強く握られたわけではないので痛くはない。なんだかポカポカして暖かい。
「私、実は少しだけ魔法が使えてね。ちょっとした怪我なら治癒魔法で治せるんだ。あまり頻繁には使えないんだけど……」
「え!? 魔法? すごいです! え? 私、初めて見ました」
「どうかな?」
「わー、全然痛くないです! すごい!」
サラスが手を離すと、痛みは全くなくなっていた。
「僕が魔法を使えることは秘密だよ」
「はい、秘密ですね!」
魔法が使えるなんてすごすぎて、知られたら大変なことになってしまいそうだ。
昔は魔法使いがそれなりにいたと聞いたことはある。サラスにはその血筋が流れているのだろうか。
どちらにしろ、今では珍しすぎる。
人に知られると、実験対象にしようと思う危険な輩に狙われることもあるだろう。
だからこうしてひっそり隠れるようにしているのだろうか……
「私のことを信頼してくださっているんですね」
こんな重大な秘密を暴露してまで私の手首の傷を直してくれるなんて。
なんだか感動して涙が出そうだ。
「私、リリーちゃんが好きみたい」
「え?」
「初めての感情でまだよくわからないけど、たぶん好き」
「えっと、友人としてですか? それとも……」
「変なこと言ってるね。リリーちゃんを困らせてしまってごめんね」
「いえ、私はすごく嬉しいです」
戸惑いながら話しかけてくれるサラスに、リリーまで照れてしまう。
まだよくわからないと言うが、いつか答えが出るのだろうか。
それが友人としてではない好きだったら……
私は嬉しいかも。
リリーは、自分の気持ちに気づいて顔を赤くしてしまう。
「そうだ。リリーちゃんはお茶会に顔を出すんだったね。ジョーロは私が片付けておくから。行って」
「えっ、えっと……あの……」
意識したら急に緊張しだしてしまうリリー。
「明日は空いてる?」
「はい、空いてます」
「明日も水やりするよね?」
「ええ」
「じゃあ、その後で私をお茶会に誘ってくれる?」
サラスは以前話た事を覚えていてくれたようだ。
「はい、もちろんデス!」
「約束ね」
「はい、約束しました」
フードで隠れているが口元が笑顔である。リリーもニコリと微笑んだ。
「じゃあ、また明日」
「はい、また明日」
そう約束し、ジョーロを持っていくサラスを見送った。
何か、急にドキドキしだす。
私、サラスさんに恋をしてしまいました。