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第8話

朝起きて愕然となった。

 雨だ。

 すごい土砂降り。

 昨日から楽しみにしてたのに。どうしよう。

 サラスさんは待ってるかも……

 でもこんな雨降りだし。

 最悪である。

 でも約束した。

 自分でも馬鹿みたいだと思いつつ、リリーは傘をさしながら学園に向かうのだった。

 いるわけないと思いつつ、花壇の前まで向かった。

 いなくても良い。

 でも、会えたら嬉しいと思った。


「リリーちゃん」

「サラスさん」


 花壇の前で、サラスは傘をさしながら待っていた。


「ごめんね。天気を変えられる魔法を使えればよかったんだけど。君に鳩を飛ばしたんだけど届かなかった?」

「え? 鳩ですか?」

「あの子ったらどこかで雨宿りしてるんだね。困った子」


 どうやらサラスが飛ばした鳩と入れ違いになったらしい。


「お茶会はまた今度にしようって書いて飛ばしたんだ。でも届かなくて、君が来てしまったらと思って。本当に来ちゃったね」

「ごめんなさい」

「こんな雨降りに出てくるなんて、風邪でも引いたらどうするの?」

「ミミズを煎じて飲みます」

「そうだね。じゃあ私の分も煎じてもらうよ」 


 「フフッ」と笑うサラスに、リリーも「フフッ」と笑ってしまうのだった。

 二人で、庭の端にあるコテージに向かう。

 雨の日にお茶会を開く場所だ。

 今日はあまりにも土砂降りだからか、誰もいなかった。


「ここで雨宿りがてらお茶を飲もう」

「はい」


 リリーはお茶を淹れる。

 コテージにはお茶会用のセットが常備されているのだ。いつでもお茶会ができる。


「あ、私の鳩が今さら来たよ。『こいつぅ、どこで油を売ってたの?』『え? 恋人のリーちゃんが濡れていたから、僕の羽でかばってあげながら家まで送ってあげた?』『君の恋人は良かったかもしれないけど、君のせいでリリーちゃんが風邪をいちゃったらどうしてくれるの?』『え? じゃあ僕のリーちゃんが風邪をいちゃったらどうするんだ?』『うーん。確かに。じゃあ、お互い様ということにしようか。はい、仲直り~』」 


 サラスは帰ってきた鳩と話ができるらしく、仲直りしている。鳩と話している方が饒舌である。


「私の鳩がリリーちゃんにも『ごめんなさい』って。ごめんね。許してあげてね。リーちゃんが濡れてたんだって。リーちゃんっていうのは私の鳩の恋人なんだけどね」


 とても楽しそうに話すサラスだ。

 しかし、それにしても……


「なんだか、リーちゃんとリリーちゃんで少し名前が似てて恥ずかしいです」


 思わず照れてしまうリリー。「僕のリーちゃん」は鳩が言った言葉だろうが、自分がサラスに言われたようで照れてしまう。

 リリーは熱くなった頬に手を当てた。


「言われてみたらそうだね」  


 サラスも照れているように見えるのは、気の所為ではないだろう。


「鳩さんは濡れないんですか?」 


 話題を反らすリリー。

 心配だ。寒くないだろうか。鳩さんこそ風邪を引いてしまいそうである。


「私の鳩は特別でね。雨でも濡れないようになっているから大丈夫」

「そうなんですね」


 テーブルに止まっている鳩は確かに濡れていなかった。


「お茶ができましたので、入れますね」


 ポットのお茶をカップに注ぐ。 


「カモミールティーにしてみました」

「ありがとう。うん、いい匂いだね」 


 一口飲んで「美味しい」と言ってくれるサラスにホッとし、リリーも自分の分のカモミールティーを飲む。


「雨、止みそうにありませんね」

「そうだね。止まなくても家まで送り届けるから心配しないで」

「ありがとうございます」


 雨音を聞きながら、コテージに置かれている花々を見つつカモミールティーを楽しむ二人であった。








「リリー、もう無理、僕、駄目ーー」


夏休み明け前、学園の生徒会室でリリーはアランに泣きつかれた。


「ど、どうしたんですか!?」


敬語も抜け落ちるほどである。よほど切羽詰まっているのだろう。

 新学期の色々なことを話すために生徒会室に集まっていたリリーとアラン、そしてロイ。

 だがアランの様子に、新学期の話をするどころではなくなってしまった。


「マリナ嬢が怖いんです」

「マリナさんが怖い?」


 アランのセリフにリリーとロイは目を合わせて首を傾げつつも、アランに説明を促す。

 聞くところによれば、アランはマリナには全く気がないのに、マリナは勝手に婚約して付き合っていると思い込み、「式はいつにします?」とか「子供は何人が良いかしら?」などと聞いたり、アランが少しメイドと話しただけで「浮気だわ!」と騒ぐと言うのだ。

 それは怖すぎる。


「どうしてちゃんと『婚約はできない』と言わなかったんですか?」


 マリナを医務室に連れて行かせたあの日、マリナに告白のようなものをされ、アランは曖昧にしてしまった。

 それが良くなかったのだろう。


「だって、だって、彼女ちょっと変なんです」

「言い方が悪いわ。個性的なんです」

「とにかく、怖くて、あのままだと激情してリリーに危害を加えそうだと思ったんです。リリーに面倒見ろと言われたし、夏休み中、マナーや踊りを教えようとしました。けど、彼女、僕の話なんてまるで聞いてくれなくて……もう、どうしたら良いか分からないんです」


 メソメソ泣きながら説明するアラン。

 アランだって頑張ったのである。知識は多いし、教え方だって上手いと言われるのだ。マリナだってちゃんと教えればわかってくれるのではないかと思った。何にしろリリーが心配で放っておけなかったのだ。


「そうなのね……」


 自分がマリナの面倒を見てあげるように言ったせいで、アランがこんなに疲れ切って泣き出すほどまで追い詰められてしまうとは。

 私の責任だわ。


「ごめんなさい、アラン。何かマリナさんに諦めさせる方法はないかしら?」

「婚約者を見つけるのが一番じゃないか?」

「そうね……」


 ロイの提案に頷くリリー。やはりそれが一番である。


「誰か気になる娘はいないんですか?」


 そうアランを見つめるリリー。

 アランもリリーを見つめ返す。目の前にいる。とは言えない。

 あまりにも高嶺の花すぎる。

こうして気兼ねなく話せるだけでも奇跡であり、アランは満足していた。


「いません」


 そう言うしかなかった。


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