「エレナ、君は俺がこの世界の創造主だということを適当に受け止めていて信じてないだろ。君をつくったのは俺だという証明をしよう。君が先程、子供の頃、俺を好きになったと言うのは本当のことだ。しかし、そのようなことはすっかり忘れて権力を追い求めるのがこれからのエレナだ。帝国だけでは、飽き足らず世界まで手にしようとして失敗する。全てを失った後、俺が好きだという気持ちだけが自分の真実だったと気が付く。現時点では、俺のことを利用しようとしか思っていない。しかし、エレナが思っている利用価値はないぞ。エレナは俺の武力を利用しようと思っているが、俺は今後絶対に剣を握らないと誓う」
俺は自分で言っていて、良くこのような恥ずかしい話を書いたものだと笑いそうになった。
エレナは俺を捨てた元カノがモデルだ。
彼女は俺がメンタルをやられて会社を退職すると、商社マンとすぐに結婚した。
俺との交際時期は絶対にかぶっている、つまり2股されていたのだ。
そして、その商社マンは商社がお預かりしている大企業の御曹司だ。
俺はその大企業の御曹司をモデルに、エレナに引き摺られて破滅する弟のアラン皇子を書いた。
苦労知らずのおぼっちゃまには是非元カノと破滅して頂きたいとの願いを込めたのだ。
「私が自分のことを好きだと言うのに、あれ程冷たい態度をおとりになったのね。駆け引きのつもりかもしれないけれど、無駄なことよ。それにしても、剣術の天才と呼ばれるライオットが、剣を握らないのはなぜですか?あなたの数少ない取り柄なのに勿体無いわ」
「数少ない取り柄って失礼だな。君は本当に俺のつくったエレナか?もしかして、俺に対して怒っていたりするのか?」
俺のつくったエレナ・アーデンは利用しようとしているライオットに対しては甘い言葉ばかり吐くはずだ。
このように毒を吐くとなると、俺のつくったキャラ設定とは離れてくる。
もしかしたら彼女は異世界のエレナ・アーデンなのかもしれない。
俺は異世界に一度飛ばされたことがある。
滞在時間は1時間にも満たず、元の世界に戻った。
その時に飛ばされた世界で帝国のアラン皇子が立太子すると共に婚約したエレナ・アーデンという絶世の美女の話を聞いたのだ。
彼女が次期皇后になりたくて兄のライオット皇子から弟のアラン皇子に乗り換えたと聞き、元カノそっくりだと思った。
そして、元カノをモデルにしたエレナ・アーデンを破滅させる目的で書いたのが小説『赤い獅子』だ。
「怒ってなどいませんわ。ただ、私は世界が欲しいなどと思ったことはないわ。あなたのことが欲しいとは思ったことはあるけれど」
彼女のルビー色の瞳に映っている、俺は明らかに彼女に取り込まれそうになっている表情をしている。
「嘘ばかりつくなよ。君はもしかしたら俺が創ったエレナではないかもしれない。でも、クソ女だという真実は揺るがない。腕を離してくれないか、もう君みたいな女はうんざりなんだ」
俺は思いっきり彼女の腕を振り払おうとした。
「兄上、アーデン侯爵令嬢、ご機嫌いかがですか。侯爵令嬢、髪をお切りになったのですね。とても似合っております」
「ライオット、アーデン侯爵令嬢、正式な婚約もまだなのに、とても仲が良いのだな」
エレナばかり見ていたから、向かいから来る2人に気が付かなかった。
銀髪に紫色の瞳をしたラキアス皇帝陛下とアラン皇子だ。
ちなみに、俺は赤い髪に黄金の瞳をしている。
踊り子の母親そっくりで、皇帝陛下に似ていないので出生を疑われている主人公設定だ。
「俺は、アーデン侯爵令嬢とは婚約するつもりはありません」
「私達は、もう男女の仲です。ライオット皇子殿下には責任をとって婚約して頂くしかありませんわ!」
エレナがありもしないことを言っているので、ギョッとする。
彼女は超頭が切れる天才設定にしているので、企みが読めずに怖い。
「兄上、正式な婚約前ですよ」
アラン王子が顔を真っ赤にして狼狽えている。
ちなみに、彼は兄ライオットのことが大好きで本来なら兄を皇太子にしてサポートしたい設定にしているから無害だ。
そして現在12歳という設定、ライオットが18歳で、エレナが17歳だ。
それでも、エレナに利用されて破滅する最後を遂げさせたのは彼のモデルが元カノの結婚相手のお坊ちゃんだからだ。
「すぐにアーデン侯爵に連絡して、正式な婚約手続きをしよう」
ラキアス皇帝陛下が、補佐にアーデン侯爵を呼び出すように指示している。
ちなみに、彼もライオットのことは本当は愛おしく思っている設定だなので無害だ。
皇后の手前ライオットを遠ざけ、アラン皇子のみを大切にするように振る舞っているだけだ。
この世界の人間は男女とも実は主人公ライオットを心の底では想っている設定にしている。
俺は自分の世界で23歳で人生を詰んで、友人からも見捨てられてメンタルをやられた。
どうやら、メンタルを回復しないまま『赤い獅子』を書いたらしい。
かなり周りから愛されたいという願望が強く出てしまって、気持ち悪ささえ感じる世界になってしまった。
「今の、私ではライオット皇子殿下を支えるには力が足りません。明日より、皇宮に住み込み彼を支えるための勉強をしたいと考えております」
「そうだな、婚約手続きを早めに済ませたら、皇宮で花嫁修行に入ると良いだろう」
エレナと皇帝陛下の会話にギョッとした。
なんだか、物語は予想外の展開を迎え始めていた。