出版社のブースで気落ちしながらダメ出しをくらっていたら、
急に辺り一面が光って、異世界の皇子ライオット・レオハードに憑依した。
ライトノベルをひたすらに書く毎日を送ってたせいか、俺は異世界に転生したとすぐ判断した。
あの時の俺はラノベ作家として成功することしか考えてなくて、ひたすらに異世界の情報を集めた。
しっかりとモデルがいるから魅力的な登場人物が書ける気がした。
兵士達は不幸皇子ライオットに気を遣って言いづらそうにしていたが、6歳の弟に乗り換えた強欲美女エレナ・アーデンが気になって仕方なかった。
ライオットが皇帝と踊り子の子なのに対し、弟は皇帝と皇后の子で血筋が良いらしい。
次期皇帝になるのは弟のアラン・レオハードだということで、ライオットと婚約するはずだったエレナ・アーデンは弟に乗り換えたということだった。
一時的な記憶喪失を装い、とにかくエレナ・アーデンを中心とする人物の詳細を集めた。
女性不信を最高に極めていた俺は彼女を徹底的に悪として書くことにした。
俺の知っている女の強かさやズルさを詰め込んでやろうと思った。
物語の中で思いっきり破滅させてやることで、俺を傷つけた女という存在そのものに復讐してやろうと思った。
そして俺は俺を捨てた女を思いっきり破滅させる小説『赤い獅子』を書いた。
『赤い獅子』はヒットしたものの書いていたときは必死だった。
とにかくお金が欲しくて、生活のために書いた。
今思うと、笑い1つない苦しい展開の続くシリアスな話。
その話がヒットしたのは運だった。
寝食忘れて、ライオットに憑依した時の情報から『赤い獅子』を書き上げた。
すぐに、出版社に持ち込んで編集者に俺はこの物語のスゴさを熱弁した。
「おー熱いのがいるなー!」
そこに現れた高そうな時計をしたおじさんが俺の運命を変えた。
彼はメディア界のフィクサーと呼ばれる男だった。
「エレナ・アーデンいいな!好きだよ、こういう女」
彼はさらっと俺の原稿を読むとそう呟いた。
あっという間に本の出版とアニメ化まで決定した。
俺がそのフィクサーと会ったのはその1回だけだったが彼の力によるものというのは明らかだった。
「サンプルボイスできたので聞いてみますか?」
アニメ化にあたり、声優さんのサンプルボイスができたというので聞けることになった。
「あら、残念⋯⋯」
俺はイヤホンから聞こえた、エレナ・アーデンのサンプルボイスに恐怖のあまりイヤホンをはずしてしまった。
声だけで男を誘惑できる。
超人気声優さんらしく、見た目が非常に可愛いらしい。
でも、この声優さんのスゴさは東京女らしいクレバーさだ。
このセリフはエレナがライオットに無理な要求をして、初めてライオットが断った時のセリフだ。
エレナはライオットに断られても別プランを持っているので、全く残念とは思っていない。
だから、残念そうに言わないのが、このセリフを言う時の正解。
適当に言われたことで、ライオットはエレナの要求をのまないと彼女に切り捨てられると思って焦る。
結局、ライオットはエレナの無理な要求に従い、帝国に不利なことをしてしまう。
このセリフをこんな風に適当に魅惑的に言うということは、脚本からライオットやエレナの関係性や心情の理解をしたということだ。
こんな声でこんなセリフを聞いたらオタクはいくらでもお金を貢いでしまいそうだ。
この声優さんは東京で生き残るだけはある。
可愛くて声が良いだけでは生き残れない。
どういう風な話し方をすれば、人の気持ちを惹きつけるか常に計算している強かな女だ。
俺の思っているエレナ・アーデンそのものだ。
そんなことがあって楽しみにしていたアニメ第1話を見ようとしていた時だった。
俺はオープニングを見た時点で今までにない、吐き気と冷や汗に襲われた。
アニメのオープニングのクオリティーがとてつもなく高かったのだ。
短期間でこれだけものを作ったアニメ制作会社の人たちを思い浮かべてしまった。
きっと、俺のいたようなブラックな職場だ。
やりがいを感じるように強制され、寝る間も惜しみ仕事に没頭させられる。
『赤い獅子』はネタ元があったから書けた。
その上、メディア界のフィクサーにエレナが気に入られたから運良くヒットした。
フィクサーのおじさんのように成功していると美女に振り回されたい願望でも出てくるのだろうか。
俺はもう強かな東京女に振り回されるのはたくさんだ。
次回作を書く自信さえない、もう田舎に帰ろう。
そう決意した時、俺はアニメの中に取り込まれた。
ブラック企業で働く者の怨念か、俺の女に対する恨みがそうさせたのだろう。
気がついたら俺は、『赤い獅子』の主人公ライオット・レオハードになっていた。
アニメ第一話、婚約者である絶世の美女エレナ・アーデンが俺を誘惑しにくる場面だ。
でも、俺は早々にエレナがライオットから血筋が良い弟のアランに乗り換えることを知っている。
俺は彼女を返り討ちにしてやることができる。
俺はこの世界の創造主で無敵の存在だ。
俺は自分の書いた世界に入ったから甘く見ていたのかもしれない。
俺の思いの詰まったエレナ・アーデンはラスボスであるがゆえに、恐ろしいほど強く賢い設定にしてあった。
未練の残る元カノと理想の女を詰め込んだ彼女に俺が恋に落ちないわけないのに、恋をするのが怖くて仕方がない。