昨晩の真舌は饒舌で酒を
『だから、俺は別にあの人を愛してたわけじゃないぜ?』
テーブルに突っ伏して酒を注ぐと真舌は雪久を睨んだ。
『確かに楽しんだし、でもまさか子供が出来るなんて思わないだろ?』
雪久は後ろに両手をつくと溜息を吐いた。
『ああ、お前の言い分はな。それでその奥様とやらは子供が出来て三年も経つのにお前に何の用があるんだ?』
『さあな、でも多分だが口止めなんじゃないかと思う。そんな言いやしないのにな。』
『そうか?お前が俺に話してるのはそうじゃないのか?』
『いや、これは別に。雪久は誰かに言う奴じゃないからな。それと相手方の希望なんだよ、信頼できる奴を同伴しろって。』
『まあ、いいけど。でも仮にお前と寄りを戻したいとすればどうするんだ?』
真舌はクッと酒を飲むとお猪口を見る。
『それはない。あの奥様は昔から旦那にぞっこんだ。それに俺には気になる子がいるしな。明日来てくれたら…。』
『ああ、飲み屋の?』
『そうそう。良い女なんだ。その気があるなら来てって誘ってみた。夜はアレだから朝にな。』
『へえ。そら叶ったらいいな。』
雪久は苦笑すると真舌は口を尖らせた。
『来るって。脈ありだ、絶対に。』
ハハハと雪久が笑う。それに抗議するように真舌はまた酒を煽った。
『それで来たと。』
玄関で出会った菊を思い出してぽつり呟いた。
雪久は前方を走る車に目をくらませながら片手を前に視界をさえぎる。
まあ、あいつが幸せであるならそれで問題はないが…。
車通りの多い場所で足を止めて左右を確認する。機会を見てまた歩き出すと人ごみに紛れた。
この町は雪久の生まれ育った町だ。都会ほどではないが開発も進み随分と町並みも変わってきた。
人の服装も着物から洋服と入り乱れている。雪久も同じく外出の時は洋服が増えている。
胸元から煙草を取り出して銜え、火をつけようと視線を上げた。
道路の脇に止められた車に乗せられようとしている女が悲鳴を上げている。
痴話げんか?誘拐か?
女が助けてと声を上げたために多くの人が足を止めてそれを見ている。
雪久は答えを出す間もなく車に駆け寄ると女の手を掴んでいる男の手を掴んだ。
『何をしている?よくわからんが力でものを言わせるのはよくないな。』
男は雪久を睨むと掴んでいた女の手を離す。
『なんだあんた!関係ないだろう!』
『ああ、関係はないんだが。』
雪久は男の手をくるりと背中にまわし、もう片方も後ろで拘束する。
男は前かがみに車にもたれると小さな悲鳴を上げた。
『わかった!わかったから離してくれ!』
言葉に応じて男を解放すると彼は肩に手を当てて顔を上げた。
『あんた強いな。というかお嬢様は?』
『お嬢様?』
男はきょろきょろと周りを見渡す。さっきまでここにいたはずの女の姿はなく彼はうな垂れて溜息をついた。
『しまった。』
『すまないが状況を説明してくれるか?』
『ああ、私は
天宮はどういう状況にあるのか説明をしてくれた。
とあるご令嬢を護送しているが、今日は問題があるのかそのご令嬢が逃げ出してしまったらしい。
さっき捕まえてとにかく車に乗せて戻ろうとした所に、勘違いした雪久が邪魔をした形だったようだ。
『それは申し訳ない。』
雪久が頭を下げると天宮は首を横に振る。
『いや、あんたのせいじゃない。でも探さないと…。』
『わかった。俺も探そう。元より俺のせいでもあるから。』
『そうしてもらえると助かる。』
天宮は車に置いてあった鞄から写真を取り出すと雪久に手渡した。
『顔がわからないと探せないから。』
雪久は天宮と手分けして彼女を探すことになった。