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1-4

雪久の自宅は街中の入り組んだ場所にある。大きな敷地に美しい洋風の屋敷が建っており、続木と表札が飾られている。

雪久はその家の前を通り過ぎて敷地内の庭を奥へと歩いていく。その先にある小さな一軒家が彼の家だ。

古い日本家屋でよく手入れされている玄関を開けると、中で花を活けていた使用人のたまが雪久に気づいて微笑んだ。

妙齢の珠は髪を顎の辺りで綺麗に切りそろえており、洋服の上に使用人用の割烹着を着ている。

『おかえりなさい、雪久さん。』

『ただいま、珠さん。花をありがとう。』

『いいえ。』

珠は雪久の傍に付くと彼の荷物を持ち部屋へと運ぶ。

『いいのに…。』

雪久は珠を見下ろして苦笑するも珠はにこにこと笑っている。

廊下を抜けて部屋に入ると珠が荷物を置きすぐに立ち去った。

それを待ってから雪久はジャケットを脱ぐと壁にそれをかけて机に視線を落とす。

『ああ、そういえば。』

机の上の茶封筒には清廉せいれん女学院と刻印が押されている。中にはいくつかの案内書が入っており一昨日のうちに全て目は通した。

来週からここに数日だが通うことになる。

少し前に知り合いの恩師が急用で連絡を寄こしてきたからだ。学校側にもすでに対応済みらしく雪久は恩師の代わりをするだけでいいらしい。

『雪久さん、お食事どうされますか?よろしければお作りしますが。』

廊下から珠の声がして雪久は戸を開いた。

『ああ、ありがとう。一緒に食べていくかい?』

『フフ、そうですね。ではそうします。』

『では手伝おう。』

雪久と珠は献立の話をしながら台所へ向かう。二人でてきぱきと食事の用意をすると食卓を囲んだ。

『雪久さん、女学校の先生をなさるんですか?』

『うん、そうなるらしい。恩師の小鹿こじか先生がぎっくり腰でね、動けないそうだ。』

『あら、大変じゃないですか。小鹿先生って以前いらした結構なお年の方ですよね?』

『うん。女学校で良い所を見せようとしたらしくて…何をしたのかは知らないけど。』

珠はお茶を飲むとフフと笑った。

『以前も思いましたけど楽しい方でしたからね。早く治るといいですね。』

『そうだね。ご馳走様でした。』

『いえ、お粗末様です。』

食事の後片付けをしてテーブルを拭く珠が顔を上げた。

『雪久さん、このまま先生になられるんですか?』

『ああ…どうかなあ。俺としては小鹿先生の研究の手伝いが性に合ってるんだけど。』

『フフ、でも雪久さんが先生でやってきたら学生さんたち大変ですね。』

『そうだなあ、ちゃんとできるといいけど。』

『違いますよ。そういう意味じゃありません。』

珠は口元に手を当てるとフフと笑った。

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