夜が深くなる前に珠は雪久の家を出ると続木の洋館へと戻った。
あちらには雪久の母方の家族が住んでいる。父はすでに鬼籍に入っており、母の
続木は反物など扱う商家であったが、最近は貴金属も扱っているようだ。
ようだと言うのは雪久は関わりがないからである。
雪久の父、
小さい頃は雪久も洋館のほうで暮らしていたものの、その頃あまりに過干渉な祖母に嫌気が差し父の家へと移り住んだ。父が亡くなってからは共に暮らした時間が少ないせいか、母や祖母からの干渉は少なく雪久は今も離れに暮らしている。
青年になる頃に分かったことは続木の家と雪久もまたそりが合わないということだ。
続木の洋館には沢山の使用人が暮らしている。珠もその一人だ。
続木の者は使用人に強くは当たらないが、離れに行くことをあまり良く思っていない。
だから珠が出入りすることは公然の秘密のように扱われているようだ。
雪久は窓辺に座ると煙草をぷかりとふかす。
これからもこれまでも続木の家と関わるつもりはない。
貴金属を扱い始めてから家人の様子が変わったと珠が話していた。反物でも十分ではあるのに欲が出たのかそれとも他の理由があるのか。
『そろそろこの家も出る頃合かもな。』
手入れの行き届いた住み心地の良い家を眺めてぽつりと呟く。
雪久自身は学生の頃に世話になった恩師の
雪久はこんなことでよいのかと思うが、何故か事がうまく回るために気にするのをやめた。
小鹿という男は色々なつてがあるのだ。
明日は真舌に付き合わなくてはいけない。
煙草を片付けると窓を閉めて床についた。
翌朝は雨降りだった。ただ天気雨のようでさらりと降った後、立ち込めていた雲も流れ晴れ間がのぞいている。
雪久は起きだすと部屋の片づけをし、洗面所へ向かうと顔を洗う。
長い前髪が濡れて櫛で後ろへ梳かしつけると部屋に戻り身支度を整える。
姿見でジャケットを確認し眼鏡を内ポケットにつっこんだ。
時間には余裕があるはずだ。雪久は家を出ると真舌の元へ向かった。