『それは失礼。』
『うん?』
『先生は?ダンスは得意?』
『俺?』
『ええ、得意?』
『さて…教養としては身に着けてはいるが。』
『試してみてもいい?』
瑪瑙が真剣な顔をしたので雪久は煙を長く吐き出した。
『かまわんが…それより君は踊れるのか?』
指に煙草を持ったまま両手を広げた。それに従うように瑪瑙がその手を取る。
『少ししか空きがないからぶつからないように。』
雪久は瑪瑙をリードして体を動かす。軽く彼女を回転させると足を止めた。
『ハハ、踊れるのね。』
『君も大丈夫じゃないか?後は相手次第という所かな。』
煙草を銜えると瑪瑙から離れて窓辺に移る。
『…うん。』
瑪瑙は椅子に座ると小さく息を吐いた。
『まだ悩み事が?一つ解消したんじゃないのか?』
『勿論、けどパーティにはね、私の婚約者様がいるのよ。』
『ほう?』
『会ったこともない人なの…興味なんてない。』
『どんな人なのか知らないのか?』
『それは知ってる。父の会社の上役で年は二十七。』
雪久は一口吸うと煙草の灰を落とした。
『悪くないと思うが?年もそれほど離れてないだろう?』
『そう、私は今年で二十一だからね。』
『ならよさそうだが。』
瑪瑙は上目遣いで睨みつけると両手を膝に押し付けた。
『女心よ。突然婚約者なんて言われて、はいそうですかって結婚なんて出来ない。』
『まあ、そうだろうな。』
『先生はどう思う?』
『さて、どうだろうな。』
雪久の返事とともにチャイムが鳴る。瑪瑙は立ち上がるとぷうっと膨れた。
『もう行きます。』
ガラッと扉が開き、彼女の背中がドアに消された。
煙草を吸い込み、ふうと煙を吐く。あの様子だとここの常連らしいが、一度、
雪久は椅子に座ると次の授業まで背もたれに寄りかかった。