夜半過ぎ、ハハハと電話口の
『ああ、言ってなかったか?』
『いや、先生…言っておいてくださらないと困りますよ。』
『ハハハ。でも君なら上手くやるだろうと思ってたさ。』
『それにしても寝てくださいよ…何してたんです?』
今日の報告のための電話連絡は小鹿の指定で遅い時刻になっていた。
『んーちょっと。頼まれごとがあってね。』
『まさか…女がらみじゃないでしょうね?』
小鹿が黙り込むと雪久は溜息をついた。
『本当に…止めてくださいよ。前もそんなことでトラブルになったじゃないですか。』
『ハハ、あれか。でもあれは僕が悪いわけじゃない。』
『そうですけど…。』
数ヶ月前、小鹿が仕事で知り合った若い女性から頼まれごとをして、その後その夫から浮気をしていると疑惑をかけられ怒鳴り込んできた件だ。夫側とはすぐに話し合いで解決したものの、妻側が小鹿に惚れたらしく話が捩れてしまった。
その仲裁に入った雪久も妻側に気に入られてしまい、
『先生、勘弁してくださいよ?』
『フフ、しかし君も会ったろ?
『はい?』
『これは彼女からの依頼なんだよ。』
『どういうことです?』
小鹿は少し困ったような声を出すと言葉を濁した。
『ううん…いずれ君に彼女が話したらな。』
『ちなみに、彼女とのダンスレッスンのことは関係ないでしょうが、あまり無理はしないようにお願いします。』
『ハハハ。あ、そうだ。ダンスなんだが…じつはお誘いも受けていたんだ。』
『は?』
『瑪瑙さんがパーティに一人で行くのは不安だとかでね…僕も暇だしいいかなと。』
『先生…彼女がいくら美人でも何でも受け入れるのは辞めてくださいよ。それにパーティに行けばまた腰をやりますよ?俺は迎えに行きませんからね。』
『雪久はつれないなあ…。』
『とにかく、先生は腰の治療をしっかりして、さっさと教職に戻ってください。いいですか?』
『意地悪めっ!』
ガチャンと電話が切れ耳に当てた受話器からツーツーと音がした。あの人のことだから今頃どうせ気にもせずに違うことに取り掛かっていることだろう。
雪久は部屋に戻ると畳に寝転んだ。先ほどまで確認していた書類が部屋に散らばっている。近くにあった紙を取ると顔の前に差し出した。
昼間職員から渡された予定表だが、みっちりと記されている。小鹿が帰らないとなると雪久がこれをこなさないといけなくなる。これから好奇の目に曝され続けると考えると少々うんざりしていた。
よりにもよって女学校とは…、そう思わずにはいられない。小鹿は振り分けられた先に行っただけだと言っていたが実際は選んだのかも知れない。
大きな溜息をつき手に持っていた紙を手放すと、両手で瞼を覆った。