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3-2

『…さん、雪久ゆきひささん。』

頭の上で声がする。ぱちりと目を開くとたまが顔を覗きこんでいた。

『こんな所で寝たら風邪引きますよ。』

開けられた窓の外を見ると太陽が昇っていた。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。

『今日はお仕事では?』

珠は散らばっていた書類を拾い上げている。

『ああ、今日は昼からだ。悪いがそれは机の上に置いておいてくれる?』

雪久が体を起こすと珠は頷き、雪久の自室へと入って行った。

『朝は召し上がられますか?鮭があるんですが。』

少し遠くから珠の声がして遅れて顔を出した。

『お茶漬けでもいかがです?台所に冷や飯が残っていましたから。』

『そうだな、そうしよう。珠さんもまだなら食べていくといい。』

フフと笑うと珠は台所へ行ってしまった。ほどなくして食事の用意が出来、食卓に着くと椀の上に暖められた冷や飯と焼いた鮭、海苔がお茶に浸っている。さらさらと口に放り込むと珠が熱いお茶を持ってきた。

『お疲れですか?珍しいですね、床に入られないのは。』

『ああ…考え事をしてたみたいだ。』

雪久がお茶をすする。

『そういえばどうでしたか?先生のお仕事は。』

『うん、そうだなあ。授業になったような、ならなかったような感じだ。』

『まあ…女学生ですものねえ、フフ。』

『うん?』

『そりゃあ気にもなりますよ。素敵ですもの。』

雪久は胡坐をかく後ろに手をついた。

『いや…さすがに授業にならないのは困る。女生徒というのは若い男が教師をしていると気になるものか?』

『ハハ、それはそうですよ。でも若いだけじゃダメですよ。』

珠は食卓の上を片付けると台所へとはけていった。

年頃で言えば珠も女生徒たちと変わらない。腑には落ちないが助言として聞いておくのも悪くはない。

布巾を持って戻ると珠は食卓を掃除し始めた。掃除をしながらなにやら女性とはそういうものであるという話をしている。

『なるほど…聞くが珠さんもそうなのか?』

珠は首を横に振ると破顔した。

『いいえ、けれど世の中のお嬢さん方ならそうではないですかね?大体学校に通う女性の殆どはお嬢さんですからね。』

確かに学校の名簿で見る限りはよく見知った名前も多く、殆どが良いところの令嬢ばかりだろう。それでもああして好奇の目を寄せてくる様子はそこらの女と変わりはないと思われる。珠が珍しいだけだろうか。

『なんです?』

少しじろじろと見てしまったせいで珠が首を傾げた。

『いや、失礼。生徒たちも珠さんのようになってくれるとありがたいんだが。』

『フフ。雪久さん誤解してますけど、言い方が悪いですが私は雪久さんで慣れていますから少しくらい綺麗な方を見ても特に動じません。』

『…そういうものか?』

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