『勿論です、私、最後の授業を見学させていただきましたが素敵でした。』
『ああ、それはどうも…。』
『先生は次の授業があるのでは?』
『そうでした。行かないと…まだ少し時間はあるんですが授業の用意をしておきたくて。これは小鹿先生から学んだことなんです。では失礼します。』
彼女は頭を下げると足早に行ってしまった。若く爽やかな女性ではあるが、雪久はあまり得意ではない。職員室に立ち寄ることがあると話すことがあったが、彼女の香水がわかるほどに近い距離だったからだ。
奥ゆかしい女が好きなわけではない、だがあそこまであけすけな態度だと朴念仁の雪久ですら分かってしまう。
人はみかけに寄らないことはよくわかっていたが、女ばかりはわからない。
ここへ来て無駄な知識が増えたようで、雪久は煙草を深く吸い込んだ。
『さてと。』
煙草を地面に落として靴で消すと
そろそろ落ち着いてお茶が欲しいとぼやいている頃だろう。
校庭の並んだ木を見ながら廊下を歩く。向こうに級友と歩いている瑪瑙を見つけた。お嬢様たちは皆それぞれ美しさを持つが、やはり一際目立っていた。
部屋に戻りがらりとドアを開けると、少し疲れた顔の
『おかえり、お茶が欲しいなあ。』
『はいはい、そう言うと思って持ってきたんですよ。』
雪久は雨月が授業中に職員用の給湯室から薬缶と湯のみを借りてきていた。
あらかじめ薬缶に作ってきたお茶を湯飲みに注ぎ雨月に差し出す。
『ああ、本当に君は気が利く…。』
『それはどうも。』
湯飲みに口をつけて雨月は笑うとコンコンと机で指を鳴らした。
『そういえば雪久は今恋人はおらんのか?』
『急ですね。なんですか?』
『うん?特には。ただの興味本位だ。いるのか?』
雪久は椅子に座ると首を横に振った。
『以前はいましたけど、今は忙しいのもあって。』
『そうか…女に興味がないわけではなかろうな?』
『なんですか、藪から棒に。』
『いやあ、
『月島?』
雨月はちょっと苦笑すると湯飲みに口をつける。
『月島花蓮君だ。』
『ああ、さっき会いましたよ。』
『そうか?雪久はああいった感じは好みではないのか?』
『ええ。あまり。』
ふうと雨月が息を吐く。なにやらあるように机に突っ伏した。
『なんです?』
『僕もだ。彼女は美しいのだがどうにもずけずけと来てしまうところがなあ。あれでは良いように利用されてしまう。男は悪い奴もいるからなあ。』
『しかし、それは彼女自身の問題であって俺たちには関係ないですよ。』
『しかしなあ…。』
雪久が首を傾げると雨月は眉をひそめる。
『縁談を頼まれているんだよ。』
『は?誰の?』
『月島花蓮と君だ。』
『…先生…、本当に勘弁してくださいよ?』
『分かっている、だからパーティの席で雪久自身が選べばいい。』
『選ぶ?』
『ああ、縁談は一つではないんだ。悪いね、僕は美女からの頼みは断れないんだ。』
雨月はにっこり笑った。