『でも痛いのはあまり好きじゃないわ。』
ぽつりと呟いて
『なあ…菊ちゃん、俺さ。君と結婚できたらいいと思うんだ。』
『結婚?』
『嫌かな?』
菊は苦笑すると首を横に振った。
『どうかしら…考えたことないから。』
正直な言葉だったが真舌は真面目に受け止めたようだった。
『そっか…。』
その顔がなんだか切なくて菊は視線を逸らす。
『でもさ、考えておいて。俺は本気だから。』
『そうね。』
会話が途切れ少しして階段を下りてくる音がした。台所で水音がすると菊も立ち上がりそちらへ向かった。
台所では銜え煙草でお湯を沸かしている
『あら…私がしましょうか?』
雪久はああ、と頷くと少し離れて煙草を吸っている。
薬缶は少ししてシュンシュンと音を立てて、急須に茶葉を入れると鳴き出した薬缶からお湯を注ぎ込む。
『ずっと吸ってらしたの?』
『ああ…口寂しくてね。』
雪久はそう言うと菊が茶を入れた湯のみを持ち、また二階へと上がっていった。
菊の傍には雪久が吸っていた煙草の香りが残っている。
きっと気付いているのに気付かないふりをしてくれている。煙草も多分わざと。
菊は微笑むと湯飲みを二つ持ち、真舌の傍に戻った。
『良い方ね、
受け取った湯飲みに口をつけて真舌は笑う。
『当たり前だ、あいつはいい男だよ。俺の次にね。』
『あら、そうかしら?』
『菊ちゃん、意地悪しないの。』
菊が笑うと真舌は破顔した。
二階、窓辺に雪久はもたれてぼんやりと空を眺めている。片手に煙草を持ち、さっき入れてもらったお茶はまだ熱い。茶を口に運びつつ煙草を飲む。
台所で見た菊の首についた痣は赤い花のようにぽつりと咲いていた。
真舌は菊に惚れているようだ、しかも本気で。今までも雪久が泊まりに来ているにも関わらず女を抱くことがたまにあった。それでも女の首に痕を残すなど一度もなかったのは遊びだったからだろうか。
聞けばいいが、多分答えをはぐらかしてしまうだろうし、雪久自身も真舌にそこまで執着はない。
どのみち何かあるのだとすれば真舌が自分から話すだろう。
煙草をくわえて煙を吐くと階下から呼ぶ声がした。振り返り階段を覗く。
『何だ?』