顔だけ出した
『すまんが、菊ちゃんを送ってくる。明日用があるみたいでな。』
『わかった、留守番しておく。でも鍵はかけていけよ。』
『ああ。』
ちらりと菊が顔を出して軽く会釈すると雪久も頷いた。
玄関で声がしドアが閉まると一気に静かになる。二階の窓から二人の姿を見送ってから窓を閉めると畳に寝転んだ。
『菊ちゃんか…。』
ぽつりと呟いて瞼を閉じる。
今夜のように真舌が女を送るというのも珍しい。真舌が本気だとして、あのことを話すのかどうかは問題になるだろう。いずれだとしても。
けれどこれは二人の問題で雪久の知るところではない。ただ良い道を選べることを願うばかりだ。
それに雪久にも問題は山積みで、
階下で鍵を開ける音がして、はっと目を覚ました。眠っていたのか体を起こすと階段を上がる音がした。それに遅れて真舌が顔を出す。
『お、寝てたか?』
『ああ…少しな。送ってきたのか?』
『うん。雪久、少し下で飲みなおさないか?』
『ああ、わかった。』
二人で階段を降りて居間に入る。机の上はすでに片付けられており真舌は熱燗の用意をし始めた。雪久は台所の壁に寄りかかると腕を組む。
『…真舌、お前さ、俺がいるんだから遠慮しろよ。』
『うん?ああ、でも雪久は分かってて二階に行ったんだろ?』
真舌は背中を向けたまま鍋を見つめている。
『お前は良くても相手はそうじゃないだろ?』
『まあ、そうね。確かにな…。』
何か思うことがあるのか真舌は指で顎を触った。
『でもさ…菊ちゃんは違うんだよ。他の女とは違う。』
『だったら大事にしてやったらどうだ?』
『そのつもりではいるんだけどな…。それに。』
『それに?』
真舌は徳利を幾つか盆に乗せると居間に入る。それに続き雪久も席に着いた。
『俺はあのことも話さなくちゃいけないんだよなあ…。』
『まあ、そうなるな。遊びなら別にいいんだろうが…本気なのか?』
『本気以外に何があるのかわかんねえよ。』
酒を注ぎぐっと飲み干すと真舌は息を吐く。
『でも結婚の話になると菊ちゃんはどっか他人事でさ…。』
雪久は手酌で酒を注ぐと口をつけた。
『ああ…菊さんはまだ若いんだろ?そういうものじゃないのか?』
『うーん、わかんねえ。』
『じゃあ少し時間を置けよ。焦ったって仕方ないだろ?相手あってのものだし。』
『うん。…そうだな。』
真舌は頬杖をつくとお猪口を指で傾けた。
『俺さ、かなり惚れてんだよ。』
『わかってるなら尚更だ、しっかりしろよ。』
雪久は真舌に酒を注ぐと笑った。