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5-5

顔だけ出した真舌ましたは菊と何か話してからまた雪久ゆきひさを見上げた。

『すまんが、菊ちゃんを送ってくる。明日用があるみたいでな。』

『わかった、留守番しておく。でも鍵はかけていけよ。』

『ああ。』

ちらりと菊が顔を出して軽く会釈すると雪久も頷いた。

玄関で声がしドアが閉まると一気に静かになる。二階の窓から二人の姿を見送ってから窓を閉めると畳に寝転んだ。

『菊ちゃんか…。』

ぽつりと呟いて瞼を閉じる。

今夜のように真舌が女を送るというのも珍しい。真舌が本気だとして、あのことを話すのかどうかは問題になるだろう。いずれだとしても。

けれどこれは二人の問題で雪久の知るところではない。ただ良い道を選べることを願うばかりだ。

それに雪久にも問題は山積みで、小鹿こじかが貰ってきた見合いが待っている。どうにも気は進まないが小鹿の手前受けるしかない。選んでいいと言われたのが唯一の救いだろう。はあと息を吐き大の字になるとそのまま目を閉じた。


階下で鍵を開ける音がして、はっと目を覚ました。眠っていたのか体を起こすと階段を上がる音がした。それに遅れて真舌が顔を出す。

『お、寝てたか?』

『ああ…少しな。送ってきたのか?』

『うん。雪久、少し下で飲みなおさないか?』

『ああ、わかった。』

二人で階段を降りて居間に入る。机の上はすでに片付けられており真舌は熱燗の用意をし始めた。雪久は台所の壁に寄りかかると腕を組む。

『…真舌、お前さ、俺がいるんだから遠慮しろよ。』

『うん?ああ、でも雪久は分かってて二階に行ったんだろ?』

真舌は背中を向けたまま鍋を見つめている。

『お前は良くても相手はそうじゃないだろ?』

『まあ、そうね。確かにな…。』

何か思うことがあるのか真舌は指で顎を触った。

『でもさ…菊ちゃんは違うんだよ。他の女とは違う。』

『だったら大事にしてやったらどうだ?』

『そのつもりではいるんだけどな…。それに。』

『それに?』

真舌は徳利を幾つか盆に乗せると居間に入る。それに続き雪久も席に着いた。

『俺はあのことも話さなくちゃいけないんだよなあ…。』

『まあ、そうなるな。遊びなら別にいいんだろうが…本気なのか?』

『本気以外に何があるのかわかんねえよ。』

酒を注ぎぐっと飲み干すと真舌は息を吐く。

『でも結婚の話になると菊ちゃんはどっか他人事でさ…。』

雪久は手酌で酒を注ぐと口をつけた。

『ああ…菊さんはまだ若いんだろ?そういうものじゃないのか?』

『うーん、わかんねえ。』

『じゃあ少し時間を置けよ。焦ったって仕方ないだろ?相手あってのものだし。』

『うん。…そうだな。』

真舌は頬杖をつくとお猪口を指で傾けた。

『俺さ、かなり惚れてんだよ。』

『わかってるなら尚更だ、しっかりしろよ。』

雪久は真舌に酒を注ぐと笑った。

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