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7-2

男は殴打されたのか頬に手を当てている。

『ああ、大丈夫。ちょっと声をかけただけなのに。』

男は服装を整えるとまた会場へと入っていった。どうやら失敗したらしい。視界の端に入り込む唇を貪りあう男女を見ると、こうしたパーティで成功者だけがああなれるようだ。邪魔にならないように煙草を消すと会場へと戻った。


パーティは恙無く終わったようで小鹿こじか雪久ゆきひさ煉陽明れんようめいに指定された場所へと移動する。ホテルの一室で煉陽明だけがそこにいた。

『すいません、お時間をいただきました。』

煉陽明はそう言うと二人を迎え入れて座るように促した。

『まずは飲み物を。』

彼はそう言って暖かいお茶をいれ机の上に置いた。小鹿が口をつけると煉陽明は微笑む。

『それで…日奈木木綿子ひなきゆうこさんのことでしたか?』

『ええ、あなたにかかったと聞きまして。親族が心配しておられてね。』

『それはそうですね。ですが、残念ながら彼女はもう…。』

煉陽明はポケットから時計を取り出すと机に差し出した。時計は古いもので女性物のように見える。

『こちらが遺品。彼女の最後を聞きたいですか?』

小鹿は時計を手にとってから頷いた。

『ふむ、出来ればあなたと会った時からお聞きしたい。』

『ああ、そうですね。わかりました。』

煉陽明と日奈木木綿子は街中で出会った、丁度車が事故を起こしてそれに当たられたのが木綿子。彼女の怪我を心配した煉陽明が手当てをしていたが歩けるようになるには難しく、長く面倒を見ていた。けれどその後風邪をこじらせて帰らない人になったと。

『ああ、木綿子さんは十年ほど失踪状態ですから…それほど長く面倒を見られたと?』

『ええ。それに少し記憶障害もありましてね。彼女が覚えていたのは名前だけです…。』

『なるほど…けれど何故彼女の身元を照会しなかったんです?』

それに煉陽明の顔が少し曇った。

『…色々とありましてね。』

『ああ。恋に落ちたということですか?』

小鹿の問いに煉陽明は苦笑する。

『…ええ、素敵な方でしたからね。彼女もそのようでした。木綿子自身も傍にいたいと希望したので私は返せませんでした。』

『ずっと日本に?』

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