レリアにとって最初の授業は座学だった。
魔力のこと、魔術のこと、そして魔物のこと。魔術士を目指すものにとって、実に基礎的な内容だった。
ついレリアはあくびをしてしまった。
何故なら知っていることだから。
何度も書き、何度も頭に叩き込み、時には覚えきれないことに悔し涙を流した内容だ。
今更分からないことはなかった。
そんな中、エグゼリオがネイティスを指名した。
「それではスプレワールさん。魔術と魔力の関係を説明できますか?」
「もちろんですわ」
ネイティスは自信満々に立ち上がる。
「まず魔力とは、この世界に満ちる魔素と精神力の混合エネルギー。魔術を使うにはこのエネルギーを介して、精霊に働きかける必要があります」
エグゼリオが頷いた。
「その通りです。では、魔術とは?」
「精霊に働きかけた結果起こる、未知なる現象です。魔具士の間ではある程度、自分たちが分かるように理論を作っているようではありますが……」
「良い指摘ですね。そうです、魔術士と魔具士の決定的な違い……。それは未知なる現象を未知なるままにしているか、自分たちの解釈に落とし込んでいるかですね」
「ですが、わたくし達はその魔術で魔物を倒す。使えるものは使うだけですわ」
「それもそうです。ではついでに、魔物とは一体何かを聞きましょう。そうですね……では、ティームスさんに聞いてみるとしましょう」
皆の注目がレリアに集まった。
再び試されていることを悟ったレリアはゆっくりと立ち上がる。
特にビビることもなかったが、魔物そしてその上位存在に対する
「魔素集合変異生物、略して魔物です。魔素の集合体なので、物理攻撃はまず通用しない。だから魔力を帯びた攻撃――攻撃的な魔術が必要なんです」
「完璧な答えですね。ちなみに皆さんは魔人、という存在を知っていますか?」
魔人。
その単語に疑問符を浮かべる者、知識があるのか頷く者、様々な反応を見せる者がいた。
レリアは、鬼の形相を浮かべていた。
「……魔素と深く結びついた人間の成れの果てですね。その時点で人間ではなくなり、分類的には魔物と同じになります」
「即答ですね。よくご存じだ」
「そうですね。私はその魔人をぶち倒すために入学したので」
レリア・ティームスの目的。
それは、家族が消えた原因である魔人を倒すための力を得ることである。
周囲がざわつく。その反応は当然だった。
魔素と深く結びついた元人間。つまり魔術を使うことが可能であるということ。
強力な魔術を使う魔人は人間にとって、危険極まりない存在なのだ。
「静粛に」
エグゼリオが頃合いを見て止めた。
彼は喜怒哀楽、そのどれとも受けとれる表情をレリアへ向けた。
「高い目標があることは良いことです。目標があるから努力がある。願わくば、その努力が実ることをお祈りします」
空気を戻したエグゼリオは授業を再開した。
再びレリアにとって、既に勉強している範囲だった。
◆ ◆ ◆
レリアにとって初の授業が終わった。次の授業まで、まだ時間があるようだ。
「アルタナ……って、あらら?」
早速アルタナに話しかけてみようとしたが、いつの間にか彼女はいなかった。
なんとなく嫌な感じがしたので、ある方向を見てみた。
そこにいるはずのネイティスがいなかった。
「ほーん」
おもむろにレリアは立ち上がり、教室を出た。
「――――!」
声が聞こえた。どことなくネイティスの声に聞こえる。
声のする方へ行くと、またアルタナがネイティス以下取り巻き達に囲まれているではないか。
「ほっとしているのかしら? あの途中入学生が来たからって、貴方の立場が変わった訳じゃないのよ」
「わ、わかっているよ……」
「それならなぜあんな無礼者の手を振り返したのかしら? このわたくしを
「なっ!? 違うよ! うちは仲間じゃない……!」
するとまた取り巻きから攻撃ならぬ口撃の集中砲火が始まった。
だんだんアルタナの顔の角度が下がっていく。
「はぁ……ったく、面倒な」
少なくとも今ああやって言いがかりをつけられているのは自分がいたからだ。そう思い、レリアは再びネイティスへ声を掛ける。
「これはこれはネイティスさんではありませんか。何やってんの? ノブレス・オブリージュの見本でも見せてるの?」
「レリア・ティームス……! またしても……!」
ネイティスは忌々しげにレリアを睨みつける。
ネイティスにとってレリアとは最大級の邪魔者。何度脅しても全く態度を変えることのない相手。そしてアルタナに何か恩でもあるのか、妙に庇う奴。
取り巻き達がけん制する。
「貴方、一体何なんですか!? ネイティス様の邪魔をするつもりなら容赦しませんよ」
「そうですわ! そうですわ!」
「……皆もどこかの貴族のお嬢様なの?」
レリアがそう質問すると、取り巻き達は名乗りを上げる。残念なことに、取り巻き達は皆、どこかの貴族の生まれだった。
「そっか。ノブレス・オブリージュの定義って今、こんな感じなんだね。クソみたいな気付きを得られたよ。ありがとう」
レリアの発言はいちいち火に油を注ぐ。
ネイティス達からの敵意がどんどん膨れ上がっていった。
「ネイティス様! 確か次の授業はアレです! そこでネイティス様の力がどれほどのものか、教えてやってくださいまし!」
「なるほど……確かにそうね」
ネイティスは頷き、レリアを指さした。
「レリア・ティームス。次の授業は実戦形式での攻撃魔術を扱う授業よ。そこでわたくしと勝負なさい」
「実戦形式で勝負なんて出来るの?」
「そうだったわ。貴方は途中入学で無知なのよね。特別に教えてあげるわ」
アスガスタ王立魔術学校魔術士科のモットーは『経験は積めば積むほど良い』。当然座学も行われるが、それ以上に現地や実戦形式での授業が多くなっている。
実戦形式とは、十分な安全対策をしたうえで、生徒同士が攻撃魔術を撃ち合う模擬戦闘となる。
「ふーん。そこで私とネイティスが戦うんだね」
「怖気ついたかしら?」
「怖気ついてはいないよ。ただ、どこまでの魔術を使って良いのかとか、あんたを怪我させないように出来るのか、とか色々と確認したいことがあるかな? って感じ」
断言するが、レリアはネイティスを煽ろうという気持ちは一ミリもなかった。彼女は大まじめである。
しかし、それがネイティスの逆鱗に触れた。
「言うに事を欠いて、わたくしを怪我させないように……? 上等よ! 貴方がもしも重傷を負っても、それは実力差がありすぎただけよ。恨まないで頂戴!」
ネイティスの中にあった僅かな良心が完全に消えた。
レリアとネイティスの勝負がここに決定された。