翌日。
ネイティスは悔しさのあまり、自然と目覚めてしまった。
「レリア・ティームス……!」
あれからずっとレリアのことを考えていた。あの時、あの瞬間、ああすれば良かったのではないか。もっとこうやっておけば良かったのではないか。
頭の中ではずっと反省会が繰り広げられていた。
「ツっ……」
思わず頬をさすってしまった。
あれで二回目だ。普通の人間なら貴族の娘、ましてやスプレワール家の長女に対して振るわないであろう暴力。
この頬の痛みがずっと取れない。
「学校に行きますか」
ネイティスが教室へ向かう途中、いつもの取り巻き達が目の前を歩いていた。
「おはようございます」
「……」
取り巻き達は一度ネイティスと目を合わせた後、何事もなかったかのように談笑に戻る。
「ちょっと、どうしたのかしら!? 今、無視をしなかったかしら!?」
「ちっ、うっせー。早くどこか行けよ」
「なっ……!」
そうして取り巻き達は足早に去ってしまった。
原因は何となく想像がついていた。
「わたくしが、負けたから……」
ネイティスがレリアに負けたという噂はすぐに学校内に広まっていた。
当然、取り巻き達の耳にも入る。そして彼女たちはこう思ったのかもしれない。
――あの平民に二回もしてやられるなんて。本当は全然怖くないのではないか。
「ふん」
授業が終わり、ネイティスは机に座って黙っていた。
いつもの時間に来る取り巻きは来ない。媚びるのが得意な人間は、その人間の旬を感じ取るのが上手いようだ。
分かりやすいと言えば、実に分かりやすい。
「ネイティス、具合悪いの?」
「!」
赤髪おさげ。そう、アルタナ・ウィアップだ。
ネイティスは彼女から目を反らし、口調を強くする。
「何のつもりかしら? わたくしは見てのとおりです。失せなさい。目障りよ!」
「ご、ごめん。何かあれば、うちに言ってね? その、幼馴染なんだし」
「その単語は出さないでと何度も言ったでしょ!」
「そうだけどさ……」
ネイティス・スプレワールとアルタナ・ウィアップは幼馴染である。
貴族の娘、平民の娘。真逆の存在。だが、確かに昔、笑い合っていた瞬間があったのだ。
「ネイティスさん、ちょっと来てくださる?」
聞きなれた取り巻きの声。
ようやく一人が来たかと思えば、何とも嫌らしい笑みを浮かべていた。
「ネイティス、どこ行くの?」
「貴方には関係ないわ。邪魔よ、どきなさい」
ネイティスはアルタナを突き飛ばし――はしなかった。少し力強く押して、どかしただけ。
アルタナが心配そうな表情を浮かべていたが、それも無視し、ネイティスは取り巻きについていった。
ネイティスが空き教室の前に行くと、ガラリと扉が開き、取り巻き達が飛び出した。
「ほうら、来たわ。お強いオキゾクサマが!」
「! 貴方達、何をするの!?」
「何をするの~!? だって! 今までの
取り巻き達はネイティスの両腕を拘束する。
取り巻きの一人がどこから持ってきたのか、水がたっぷり入ったバケツを持っていた。
「そーれ!」
ネイティスに水がかけられる。そして、すかさず別の取り巻きが魔術を行使した。
「っ!!」
超微弱な雷の魔術。しかし、それでも全身が濡れたネイティスにとっては十分痛みと言えるレベルだった。
「貴方達……随分手のひらを返すのが上手ね」
「言っているが良いわ。どこの馬の骨とも知らない途中入学者にあれだけ無様を晒した方の言葉など、ぜんっぜん届かないけどね」
取り巻き達が下卑た笑い声をあげた。
耳が不愉快になっていく感覚を覚えながら、ネイティスは固く口を閉ざしていた。
確かにそうなのだ。
レリア・ティームスには二度も殴られた。取り巻き達はその光景を見ていた。
ここは実力もそうだが、体裁も気にする世界。
(ふんっ。分かってはいたのに、その生暖かさを受け入れてしまったのだから、わたくしは何も言えないわね)
この取り巻き達が『スプレワール家のエリート』を傍に置いておきたかったことくらいは知っていた。
虎の威を借りる狐。自分が虎で、取り巻き達は狐。それで良いと思っていた。
だからこそ、虎は虎の振る舞いが必要だった。
(アルタナ、今のわたくしを見たら、笑うのかしら?)
幼馴染を――
「はぁ疲れた。今日はこれくらいにしておいてあげるわ。今後も私達が呼んだらすぐに来なさいよ」
去っていく取り巻き達の背中を、ネイティスはひたすら睨みつけていた。
(良い訓練よ、こんなの)
ネイティスは何も言えなかった。微弱とはいえ、ずっと雷の魔術を使われていたので、口が麻痺していたのだ。
しばらく休息した後、ネイティスは立ち上がる。
「……」
ネイティスは無言で自分に魔術を使い、服を乾かした。
感電のダメージはもう残っていない。外側は全く問題ない状態になった。
しかし、心は?
「……さっさと教室へ帰りましょう」
「ネイティス?」
聞き馴染みのある声。今のネイティスが一番聞きたくなかった声。
「どうしたのネイティス? なんだか元気なさそうだけど……」
声の主はやはり幼馴染のアルタナだった。
「いつわたくしが貴方に発言を許したのかしら。目障りだから消えて頂戴」
「う、うちが邪魔なら消えるけど……。でも本当に大丈夫? いつものネイティスじゃないけど」
「貴方には関係ないでしょ!」
アルタナはびくりと肩を震わせる。
ネイティスはそんな彼女の小さな姿を見て、自分自身が醜くなっていく感覚を覚える。
「……消えなさい」
そう言い残し、ネイティスはその場から歩き去った。
アルタナはそれ以上追いかけることもせず、ただ黙って見送った。