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第4話

ひとり暮らし騒動の数日後、氷丸こおりまるが言い出した。

「今年の誕生日は豪華にやりましょう。スウィートシックスティーンですからね」

「なにそれ」

「こっちではなじみがないですかね。16歳は女性の仲間入りとして記念に残るバースデーにするものですよ」

「ふうん」

「プレゼントの希望はありますか? 記念ですから遠慮しないでいいですよ」

「えっ……」


というわけで、憧れのジュエリーセットをおねだりした。

「赤かピンクの石のパリュールにして」

「さすがですね、姫様。ここまで遠慮がないとは」

「大げさなアンティーク調のものじゃなくて、単品でも普段使えるような感じの。でも、パーティーではセットでつけると豪華、ってやつ」

「ふむ」

「ティアラはいらないから髪飾りにして。ネックレスとイヤリングは絶対だけど、あとは任せる」


パリュールとは、同一の素材とデザインで作られたジュエリーセットのことをいう。

ティアラか髪飾り、ネックレス、ブレスレット、ブローチ、イヤリングなど、4点以上そろっていないとパリュールとは言わない。


ライエには代々伝わるアンティークジュエリーのパリュールがふたつあって、両方大好きだけど気軽につけられるものでもなくて、ちょっとカジュアルな私のパリュールが欲しかった。

氷丸もジュエリーは好きだから、きっと素敵なものを見つけてくるはず。


そして9月の末。私はワクワクしながら誕生日を迎えた。

一応父さまも同席した豪華な夕食が終わり、私たちはコーヒーを飲みにロビー横のティールームに席を移した。


ティールームに入ると、そこには大きなスタンドフラワーが鎮座していた。


うわあ……いつもは花束なのに。一応、今年は大きくしなきゃ、と思ったのかな。


私は父さまに振り返った。

「ありがとう」

「うむ」

ぶっきらぼうに返事をする。

「豪華なアレンジメントですね。これは素晴らしい。お部屋に置いて長く楽しめますね」

氷丸がよいしょする。


父さまからの誕生日プレゼントは、毎年花と決まっている。ただ同じ花屋に頼んで毎年届くように手配してあるだけ。父さまは指一本動かしていない。

きっとこの花作戦だって氷丸が父さまに授けたものだ。

これならお金さえ引き落としにしておけばなんの手間もいらないから。

今年は花束でなく、フラワースタンドにしろって言ったのも氷丸だろう。


コーヒーとカットされた誕生日ケーキを食べて一息つくと、氷丸は恭しくプレゼントを差し出した。


待ってました!


「ありがとう。開けていい?」

「もちろん」


包装を解く。

まず、素敵なケースが登場。芥子粒みたいなシードパールで飾られたサテンのケース。


「やだ、可愛い!」

思わず声が上がる。氷丸はニコニコしてる。


そっと開けると中には紫がかったピンクの石がついたジュエリーたち。コーム、ネックレス、イヤリング、ブローチ、ブレスレット。

装飾過多じゃなく、普段使い出来そうな絶妙なコレクション。


「やだやだ可愛い!」

「気に入っていただけました?」

「気に入った! もう大好き!」

「よかった。去年買ったラベンダーのドレスに似合うと思うんですよね」

「あ、そうかも!」

「髪を少し緩めにあげて、そのコームで留めて。サテンの靴を合わせるといいですね、あのシルバーの。それからバッグは……」


楽しそうだ。めちゃめちゃ楽しそうだ。

氷丸は私の服やライエのアクセサリーを私より熟知していて、いろいろ指図してくる。


結局着せ替えごっこをしたいのよね。高価なアクセサリーもいずれライエの資産になるものだし、つまりは自分の資産だからポンと買ってくれる。私のためじゃない。


私が自分で選んだ服が気に入らないときは、着替えないと外出させてくれないこともある。制服の着こなしもスカート丈とか靴とかすごくうるさい。


そういう過干渉が嫌で、私は……そうだ。

私はしゃべり続けている氷丸に向き直った。


「シスイ家のクリスマスパーティーはこのコーディネートでどうですか? サテンの靴がまだ足に慣れていないでしょうから、ダンスに……」

「氷丸」

「はい?」


息を大きく吸い込む。


「私、16歳になりました」

「……はい」

「ひとり暮らしの話、進めてくださいね」

毅然と言い放つと、氷丸の眉がピクリとした。

空気が凍り付く。

父さまがゆっくりコーヒーを口に運ぶのが視界の隅に映った。


「まあ、姫様。今日はおめでたい日ですから」

「そうよ、おめでたい日。16歳になった日。16歳になったらひとり暮らしできるようにするって言ってくれたもんね」

「その話は保留中でしたよ」

「保留してない。父さまを説得するって言った。必ずなんとかするって言った」

「それは……」

「ユーナ」


父さまの厳しい声が響いた。


「勘違いするんじゃない。ひとり暮らしなんざ絶対認めない」

「……」


気圧されちゃいけない。黙らされちゃいけない。ここでがんばらないと。


「で……も。氷丸が」

「氷丸がなんと言おうと関係ない。俺が許さない」


必死の思いで出した言葉は暴力的に遮られた。


もう、のどが詰まって声が出ない……


私はジュエリーケースを持って立ち上がった。

そして速足で自分の部屋へ向かった。



部屋に入り、電子錠のロックをかけた。

案の定、すぐにインターホンが鳴った。無視していると勝手にロックが解除され、氷丸が入ってきた。


2階にある家族の私室はすべて電子ロックできるようになっていて、4桁の暗証番号で開くようになっている。

だけど家の人間はみんな番号を知っているので鍵をかけることにあんまり意味はなかった。


ロックをかけるのは私の「不機嫌」の合図なのだ。


「勝手に入ってこないでよ!」

「すみません。怒っていらっしゃいますね。困ったなあ」

「困るんならちゃんと約束守ってよ! いつだって口先ばっかりなんだから! 私、私そういうのがいやなのよ。跡取りだって縛り付けるくせに、まるっきり軽く扱ってるじゃない! ばかにして!」


自然と口に出た言葉だったけど、考えてみるとその通りだ。

自分の言葉に傷つき、気持ちが高ぶってきて涙がこぼれた。


そう。氷丸は私のことなんてちっとも真剣に考えていないのだ。うまいこと言ってごまかして、その場をしのげれば忘れるだろうと思っている。

ついでに私が喜ぶものを与え、機嫌を取っておけばもめ事終了とでも思っているのだろう。


「だから、だからいやなのよ、こんな家! 全然……いつも、父さまだって……花なんかもらったって、全然……」


自分でもなにを言っているのかなにが言いたいのかわからない。のどが痛い。


無性に悲しくなってソファーに泣き伏した。

氷丸は肘掛に座り、いつものように髪をなでた。

「軽く扱うなんて。本当にそんなことを思っているんですか? 俺たちがどんなに姫様を大事にしているか」

私は首を振って否定した。


自分でも不思議なくらい感情が高ぶり、なんだか情けなくなって声をあげて泣いた。その間、氷丸は辛抱強く私の頭をなで続け、泣き止むのを待っていた。


どれくらい泣いていただろう。

気が付くと涙は止まっているのに鼻水としゃっくりだけが止まらない。

息苦しさに寝ていられなくなり、私はソファーに座りなおした。


氷丸がティッシュの箱とごみ箱を用意して待っている。

私は顔を拭き、鼻をかみ、ごみを捨てて氷丸の言葉を待った。


氷丸は私のとなりに座った。

「寂しい思いをさせているのはわかっています」


ん?


「申し訳ないと心から思っています」


え?


「ですが……ご存じの通り、これからリサーチ・テストの解析が始まります。しばらくは俺も炎丸ほむらまる様も心身ともに余裕がない」


は?


「2週間、いや10日待ってください。そのころには仕事も少し落ち着くと思いますし。必ずなんとかしますから」


なんとかします、なんとかします、って。

まあ、なんだかんだ言っていつもなんとかしてはくれるんだけど。


「今度嘘ついたら出ていく。どこか遠くでホステスして暮らす。本気だからね」

「わかりました、大丈夫です。氷丸を信じてください。いつでも姫様の味方ですよ」

そう言って肩を引き寄せ、氷丸は頭にキスをして出て行った。


私はもう一度ソファーに寝転んだ。


ひとしきり泣いたら気分もすっきりしたみたい。頭も冴えてきた。


私は氷丸の言葉を考えてみた。


寂しかったの? ……私。

そんな風に思ったことはなかったけど。……でもなんて呼んでいいかわからないこのジクジクした気持ち。家にいられなくなるつらさや悲しさ。


これはもしかしたら「不満」じゃなくて「寂しさ」なんだろうか。


だとしたら、どうすれば解消できる?

氷丸がもっとそばにいてくれれば寂しくなくなる? そうしたらもうこのいやな気持ちはなくなるのかな?


起き上がってもう一度鼻をかみ、私はテーブルに置いたパリュールのケースを開けた。


素敵。なんの石かわからないけど、ピンクの宝石たち。

氷丸は一緒に買いに行ったあのラベンダーのドレスを着た私を思いながら、この宝石を選んでくれたんだ。


……氷丸の言葉に嘘はないと思う。

氷丸は私を大切にしてくれるし、いつも優しい。


私はため息をついてケースを閉じた。


ただ、私より大切なものが多すぎて、私はいつも後回し。

最近それがたまらない。

一番大切にしてくれないならほっとかれたほうがましかもしれない。父さまのように。


期待して、裏切られて……何度繰り返してきたことか。

期待しちゃいけないんだ。そうすれば裏切られることもないし、そうすれば悲しくない。

わかっているはずなのに、つい「今度こそ」と思ってしまう。


あとどれだけ繰り返したら、氷丸に期待しない私になれるのだろうか。

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